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絶滅危惧種のメダカなのか? 

スイレンを撮影してると小魚がファインダーに映り、カメラから目をはなし池をのぞくとメダカらしい。
このメダカこちらが子供のころ川や池にいくらでもいたのに、今では絶滅危惧種になってるらしい。
そして見たのは日本メダカでなく外来種かも知れない。
めだかの学校は小学校で初めて習う童謡だったのではないか?
それだけ身近だったメダカが、環境の変化について行けず絶滅危惧種に指定されるとは・・・

撮影機材 PENTAX K-5Ⅱs / SIGMA 70-300mm F4-5.6 DG MACRO
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絶滅危惧種メダカだけでなく、日本国家も同じでしょう。
評論家がいうまでもなく2025年には団塊世代の人口比が30パーセントになり、社会保障費が増大するのに今の税収では賄えない。
それを補うためにも消費税を8パーセントから10パーセントに上げなければならないとしてきたものの、消費の落ち込みは依然と続いてて消費増税が見送られた。

安倍晋三は先日日本記者クラブ主催の党首討論で、高卒の採用を含めた雇用が増えたのはアベノミクスの成果だとしきりにまくしたてたもののその多くは非正規社員の増大で、その結果大企業の内部保留は300兆円に達してる。
それなのに実質賃金が5パーセント近く落ち込んでるのは数字のマジックというか、物価上昇分に食われてるからだし企業が利益相応の賃上げをしないからであり、トリクルダウンが絵空事なのは明らか。

その大企業はいろんなことで税制優遇を受けてるにかかわらず法人税が下げられた。
それでも非正規社員の雇用と円安の追い風で収益を図って来たものの、グローバル経済の下でいつまでも安泰とはいえないのだろう。
国内だけでなく先進国からも、消費増税をしない限り日本経済は破綻するといわれてる。

都道府県別で65歳以上の人口ランキングは上位から東京都、大阪府、神奈川県、愛知県、埼玉県となってるものの、平均寿命が高いのは長野・滋賀・熊本県など。
また今後高齢者が多く残るのは東京・神奈川・大阪・愛知・埼玉など大都市圏に集中してる。
このことから類推できるのは自然が多く残されてるところでは一見寿命が長く見えるものの、その多くは限界集落が多数存在しいずれは厳しい環境となって生き延びていくのは困難になり、その反面なにかと便利な大都市圏の住民が長生きしていくというかできる環境が整ってることになる。

限界集落では買い物をするにしても近くに商店がなく車で街へ行くことになるが、70代後半の後期高齢者となれば運転もおぼつかなくなるだろう。
そういうことで自治体の巡回車というかコミュニティ交通に頼ることになる。
それは買い物だけでなく医者へ行くのもそうだが一日の本数がかなり少なく、都会で買い物や病院へ行くのとは事情が大きく異なる。
もっとも商品を満載した巡回車で買い物をすることができる地域がそれなりにあるのも事実だが、厳しい住環境なのは想像に難くない。

これがたとえば限界集落ではない観光地として名高い飛騨高山市ならどうだろう。
病院はもちろん福祉施設が点在してるし、駅周辺には観光者向けだけでなく生活者用の商店もかなりある。
それでも駅から3キロも離れれば山ばかりだが路線バスが四方を駆け巡ってる。
世界遺産に登録されてる白川郷とともに高山市内にはひっきりなしに押し寄せる観光客で税収がかなりあるだろうが、それよりも日本一広い市として、域住民9万人あまりが生活していくうえでの条件がかなり整ってるように見える。

そのいっぽうで観光だけでなく登山としても親しまれてる奥多摩がどうかといえば、駅前に土産物屋と飲食店が数件あり坂を下るとスーパーや小さな飲食店街があるものの高山とはスケールが違いすぎる。
多くが目指す奥多摩湖北側に峰谷にいくつかの集落が点在し、奥多摩湖をはさんで三頭山などの眺めが絶景で天空の村として名高い。
かつては小中学校が存在してたが過疎で廃校となり、住民の絶対数もかなり少なくなってる。
商店は駅まで行かなければないし、むしろ隣接してる山梨県側の小菅村と丹波村のが奥多摩駅前より生活必需品を扱ってる店は多いかも知れない。
買い物はそれで済むとしても病院通いとなれば行政が違うのでなにかと支障が出てくるし、住みづらいに違いないがそれでも現に住んでる人がいる。
氷川駅が奥多摩駅と改称されたものの、東京のチベットといわれた感じは今もさして変わりないのかも知れない。

そんなことで国内に高山市をモデルケースとした地域がそこかしこにあれば限界集落などわずかになるだろうし、人間が人間として生きていく条件は整うと思うのは早計だろうか?

かつて日本で尊厳死や安楽死の是非が問われたが、その後どうなったのだろう・・
私の母は末期癌で亡くなるまえ苦痛緩和のためモルヒネを投与してました。
それは母だけでなく末期癌患者ならごく普通の措置として行われてる。
母は癌で入院する以前から、死ぬならいっきに死んだほうが楽でいいといってました。
その数年前名古屋在住の母の義姉が犬を散歩させて帰宅したあと脳卒中で亡くなりましたが、理想的な死に方で自分もそうなりたいといってた。
にも拘らず3年間あまり入退院を繰り返し抗がん剤治療で見る見るうちやせ衰え自力歩行が困難となってた。
それを目の当たりにしてる私としたら見るに堪えないというより、母が何を思ってるのか聞きたくても聞けない。
できることなら何でもしてあげたいが、母にすればこれ以上生きてもしょうがないだろうという思いが強かっただろうし、とともになぜこんなに苦しまなければいけないのか煩悶してたに違いない。
ひょっとしたら癌が消滅し以前のように元気になると思いながら抗癌剤治療をしてただろうが、結果は悪くなる一方。
ところが抗癌剤治療をやめたら1年半生き永らえたし、その間には温泉三昧を楽しんだし食欲が戻って食べたいものも食べてた。
それでも癌は確実に体を蝕んでて息絶えてしまった。
この母の死により尊厳死とか安楽死を考えるようになったが、一昨日釧路で死にたくても死にきれず、それで無差別殺人を起こせば死刑になるだろうという悲惨な事件が起きた。
死にたいなら自分だけにしろといいたいし、生きたくても生きられない人がいるのにそんなに死に急ぎたいのか!
こういう場合安楽死制度があれば、他人を巻き添えにしなくて済んだろうと思ってしまう。

1990年代から日本経済は底なし沼のような深みにはまり、景気回復は一向に進まない。
高齢化社会はどんどん進み社会保障費捻出のためと消費税を5パーセントから8パーセントにアップしたものの、その実態は法人税切り下げに回され国民保険料をはじめとした医療費負担が庶民を苦しめてる。
それ以前から非正規雇用が当たり前という新自由主義経済の下、大勢の人間というより、わずか5パーセントの富める者たちのピラミッド階層化に喘ぎ苦しんでる。

明日の生活さえどうなるかわからない現実に、死にたいという者が多いのだろう。
自殺したくても怖くて死にきれないがため、他人を殺めて死刑になるなら楽だろうという短絡的な考えをする者はこれからも出てくるに違いない。
そういう人間にならないような社会であることを望んでも、自分さえよければいいという人間が跋扈する限り無理だし、ましてや政治家や役人にそういうのが多いのだから絶望するのも当然だ。

人は生き甲斐があってこそ生きて行く。
生き甲斐がなければ生きる気力がないだろうし、ましてや経済的に逼迫し今日明日のことさえままならない状態の人間が多いのだろう。
かくいう自分にしても経済的に恵まれてるわけでないが、写真という楽しみがあるし、我が家の軒先に棲みついた野良猫の世話をして行かなければならない責任がある。
それがなくなったら、生きる気力は失せるかも知れない。
それでも住みやすく生きて行くのに不満がなければ、それなりに生きて行くのだろう。
だからといって長生きするとは限らない。
寿命など本人に知る由もない。
いや、韓国では自分の寿命を知ることができるらしいが、知ったところでどうする気だ!
天寿は天に任せるからこそで、それは死の直前に悟り、自分の人生をどう思うかだ。

世界遺産に登録されてる白川郷や白神山地など後世に残すのは当然とし、そういうところでなくても自然に恵まれたところがたくさんある。
それらが景観として優れてるものではないにしろ、人の気持ちを癒してくれるし最低限の自給自足は不可能でないだろう。
限界集落は険しい土地だからだけでなく人そのものが住まなくなるからで、いたとしても高齢者ばかり。
そこで若者たちが自給自足できないことはないだろう。
収入がなかろうと食べて寝ることはできる。
原始生活のようなことを覚悟すれば、山奥だって生きて行くことはできる。
日本が壊滅的な経済状況に陥ったとき早晩そういう生活を余儀なくされる事態になるかも知れない。
そうなってから僻地で住もうと思っても、そのころにはあざとい連中が土地を漁ってて、二束三文の山林原野でも高い地代になってるかも知れない。
かくして日本国家が絶滅危惧種に登録される時が迫ってるといったら大袈裟だろうか?
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テーマ: メダカ | ジャンル: ペット |  trackback: -- | comment: 2 | edit

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この記事に対するコメント

こんばんは~♪
私は限界集落に移住してから18年になります。
私以外全員65歳以上の高齢者ですが、若い人たちが近くのキャンプ場のロッジで何日も過ごしてくれるのでそれほど寂しい感じはしません。
スーパーなんてもちろんなし、自給自足がほとんどで以前は週に2回ほど移動八百屋さんが車で回ってくれてまたけどそれも途絶えてしまいした。
ご近所のお年寄りは80歳を超えているのに軽四輪トラックで市街地まで買い出しに出かけなければなりません。
大型スーパーまで一時間近くもかかり、やむなく少々高くても昔ながらの小売店で最小限の蛋白源を手に入れているようです。
飛騨高山は私の故郷なのでよく知っていますが、市町村合併で山間僻地も高山市に編入されてかえって住民の暮らしはひどくなり、人口減も止まりません。
いずれ市街地と奥飛騨温泉郷を除いたところは消滅する可能性が高いと思います。
私の住んでいる美濃西北部の福井県境近くはすでに廃屋がたくさん出ています。
私のところも早晩キャンプ場以外何もなくなるでしょうね(^^ゞ

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2016/06/23 21:42 * edit *

まり姫 さんへ

> こんばんは~♪
> 私は限界集落に移住してから18年になります。
> 私以外全員65歳以上の高齢者ですが、若い人たちが近くのキャンプ場のロッジで何日も過ごしてくれるのでそれほど寂しい感じはしません。
> スーパーなんてもちろんなし、自給自足がほとんどで以前は週に2回ほど移動八百屋さんが車で回ってくれてまたけどそれも途絶えてしまいした。
> ご近所のお年寄りは80歳を超えているのに軽四輪トラックで市街地まで買い出しに出かけなければなりません。
> 大型スーパーまで一時間近くもかかり、やむなく少々高くても昔ながらの小売店で最小限の蛋白源を手に入れているようです。
> 飛騨高山は私の故郷なのでよく知っていますが、市町村合併で山間僻地も高山市に編入されてかえって住民の暮らしはひどくなり、人口減も止まりません。
> いずれ市街地と奥飛騨温泉郷を除いたところは消滅する可能性が高いと思います。
> 私の住んでいる美濃西北部の福井県境近くはすでに廃屋がたくさん出ています。
> 私のところも早晩キャンプ場以外何もなくなるでしょうね(^^ゞ

高山出身とは驚きです。
平成の市町村合併は確かに問題を孕んでて、福島県矢祭根本良一町長が真っ先に異を唱え、当時長野県知事だった田中康夫ら多くの自治体が視察したようでした。
何度か松本や上高地から高山間を往復したことがあり、その道中に集落が点在してるのを覚えてますが、限界集落だったのかどうなのか・・・
高山の市街地は地方都市として開けてるし、観光地としてもにぎやかで行政もしっかりしてると思ってましたが、実情はかなり厳しいものがあるんですか?
奥飛騨温泉郷は新穂高ロープウエーに近く観光客だけでなく登山客も多いですが、平湯は観光バスや路線バスの中継地としての役割を果たしてるだけでひっそりしてるし、住民たちにしたら不便なことが多いのかも知れませんね・・・
詳細なコメント有難うございました。

freecat #hdScUxTA | URL | 2016/06/24 06:17 * edit *

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