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映画「春を背負って」を見て 

映画「春を背負って」を見てきました。
木村大作監督の前回作「劔岳 点の記」では信仰登山がテーマでしたが、今回は山で生きる人々のつながりでした。
立山連峰の大汝岳の休憩所を山小屋に見立てた舞台ですが、笹本稜平氏の原作では奥秩父の梓小屋でした。
奥秩父の三国峠近くに梓山があるので、本当に梓小屋があると思われる方がいるかもしれませんが架空の名称です。
映画の菫小屋にしても然りです。

まそんなことはどうでもいいんですが、木村大作監督は「劔岳 点の記」の次回作として新田次郎氏原作「孤高の人」の構想を練ってたそうです。
作中では主人公加藤文太郎が北鎌尾根で遭難して終わるんですが、とにかく死を迎える数年前までほとんどが単独行で、それも厳冬期の北アルプスとなれば、事故を引き起こさないとは限らない。
そんなことで「孤高の人」をあきらめたようです。

それにしても、木村大作氏はなぜ山を舞台にしたものを撮るのか?
「八甲田山死の彷徨」「聖職の碑」「劔岳 点の記」とも映画化され木村大作氏がカメラマンを務めてます。
いずれも新田次郎氏の原作で「孤高の人」もそうですが、新田次郎氏の作品に魅せられてのことなんでしょうか?
それとも山そのものが好きだからでしょうか?

高校時代、私は「孤高の人」を読んでから山にとりつかれたというか、中学一年のとき小学校のクラス会で本栖湖で泊りがけのキャンプをしたことがきっかけで山はいいと思うようになりました。
二年から三年になる春休みには夜行列車で軽井沢へ行き、凍えそうな駅の待合室で夜を明かしたのち浅間山の登山口である峰の茶屋まで小瀬温泉や白糸の滝を経由して往復しました。
路線バスが走ってたようですが、当然徒歩でその距離30キロぐらいだったと思います。
その翌年の春は同じく軽井沢駅北方の鼻曲岳を登り、熊野神社へ下りました。
腰ちかくまで雪につかりながらの下山は日が暮れそうだし熊が出ないか怖い思いしながら、なんとか熊野神社へたどり着いたものです。
もちろん名物の力餅は45年以上前の当時もあり、それを食べ愛宕山南麓にあったユースホステルへもどった時の気持ちはなんともいえませんでした。

それからというもの二十代まで、そして三十代後半から四十代はじめまで仕事の合間を縫っては奥秩父や八ヶ岳南アルプスへよく行ってました。
まさに山に魅せられたという感じで、行きもしないくせに北アルプスや立山連峰のガイドブックや地図を手当たり次第購入し、それを見ては今度こそと思ってました。

そんなあるとき餓鬼岳という風変わりな名の山に出合いました。
北アルプスの燕岳北方にありますが、アプローチが長く鎖場やがれ場が連続するルートは一般向きではありません。
それでも行く気になり小屋の予約を済ませ、出発する二日前ぎっくり腰になり山行が頓挫してしまいました。
それからしだいに山から遠ざかるようになり、四十半ばだったろうか、雲取山が最後の山となりました。

木村大作氏が山をテーマに映画にしてる理由はわかりませんが、やはり好きだからでしょう。
私にしても同じで、鼻曲山から見た八ヶ岳に憧れ、それがもとで足繁く登ったものです。

そんな大昔の写真ですが、左が浅間山で右は鼻曲山からの八ヶ岳遠望です。
mount_0001.jpg mount_0002.jpg

春を背負ってとは夢のあるタイトルですが、今の私は背中のできものが化膿しゴルフボール大のたんこぶを背負い毎日病院通い。
膿がなかなか出きらず寝るのも辛い。
できものができてるとは知らず孫の手でかいたのがはじまりですが、免疫の低下がこんなことになるとは・・・
顔面神経麻痺も免疫の低下が原因で4年前なったし、年はとりたくないですね~ 
 
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テーマ: 山の風景 | ジャンル: 写真 |  trackback: -- | comment: 2 | edit

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この記事に対するコメント

お早うございま~す!

新田次郎 懐かしいです。
十代後半から二十代半ばまで山をやっていました。
ザイルが麻からナイロンに変わり始めた頃です。
懸垂下降の時 グーンと伸びるザイルに驚いたものです。
当時の愛読書は岸壁の掟、錆びたピッケル、孤高の人
月刊誌は、岳人、山と渓谷
カミさんとお袋の共同作戦で馴染んで来た登山靴を
捨てられてしまいました。
70歳になったら記念に金峰山の稜線の這い松を見たいと
思っていましたが、どうも無理のようです。
せめて「霧の子孫たち」に出てくる 霧ヶ峰ビーナスラインに
行きたいと思っています。
八ヶ岳遠望のお写真とともに懐かしく思い起こしました。

桜の親父 #- | URL | 2014/06/16 06:56 * edit *

桜の親父さんへ
若いときは果敢に行動しそれを周囲が危ないと思ってのことでしょう。
馴染んできた登山靴を捨てるなど山男にすれば噴飯ものですが、それも今では家族愛だと思ってるのでは?
井上靖氏の氷壁はなんどもビデオで見てますが、若い時の菅原謙次さんはいかにも山男然としてたし、風雪の中のビバークは臨場感がありました。
嫌味な会社の上司役の山茶花究さんは的を得た役でしたし、クレジットに出てないもののデビューしたての田宮二郎さんの若かりし姿はちょい出でも見ごたえありました。
氷壁の宿徳澤園に行ったことありますが、上高地もあそこまで行くと観光客は少なく山の雰囲気が濃くなってました。
新田次郎氏は山でなく人を描いてるつもりだと仰ってたように、山好きに悪人はいないという定説を覆すような登場人物が多かった気がする半面、加藤文太郎のような好人物を取り上げてました。

古希に金峰山はいいですね~
この時期塩山駅から大弛峠まで乗り合いバスの運行があるようです。
大弛峠からなら金峰山まで一時間ほどだし、よほどのことがない限り安全に往復できるのでは?
http://yamahazu.blog52.fc2.com/blog-entry-1254.html

freecat2828 #hdScUxTA | URL | 2014/06/16 09:32 * edit *

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