思い通りに写真を撮りたい

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桜坂 

君はおぼえているかしら
あの白いブランコ
風に吹かれて二人でゆれた
あの白いブランコ


少年が脇に抱えてる洗面器の音が鳴りやみ、歌が桜の花が舞い散る中聞こえてる。

日暮はいつも淋しいと
小さな肩をふるわせた
君にくちづけしたときに
優しくゆれた
白い白いブランコ

 
最後のブランコのところで声が裏返ったし少ししゃがれた声はビリーバンバンと全く違うものの聞き惚れてると、次は聞いたことのない歌だった。

柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
誰を待つ心 可愛いガラス窓
かすむは春の青空か あの屋根は
かがやく聖路加か
はるかに朝の虹も出た
誰を待つ心 淡き夢の町 東京

 
   軽快なテンポは霧雨が降る中聞いてても心が躍りそうになる。

 紺のカーデガンの左袖には白いストライプが二本はいってたし、コットンパンツの裾口がダブルステムのアイビールックの少年がこんな古い歌を知ってるなんて…

 貴宏が寄り添ってくる影に振り向くと傘を差し掛けられた。
「お風呂上りなのに、濡れたら風邪ひくわよ」
 貴宏が小声でどうもというのがはにかんでて、細めた目が笑ってる。
「歌、上手ね。あたしのが年かなり上なのに知らないの歌ってたわね」
 貴宏は振り向いた時から、女性が美人なのに驚いてたし、どうして傘を差してくれるのか不思議だった。
 
 高校二年といっても大人びてるのか学校内の女子より、年上の女性に惹かれることが多かった。その一人が英語担当の野上響子で、アルバイト先の銀座でばったり会ったとき喫茶店に誘われた。彼女は大学院を卒業したばかりで若く、トランジスタグラマーのクッキーフェースが魅力的だった。薄暗い喫茶店で向かい合ってるだけで心臓がバクバクし、これが女なのかと意識せずにいられなかった。

 その野上響子より若いが、それでも自分より五歳ぐらい上のような女性の端正な顔立ちがまぶしい。その彼女が肩がくっつくぐらい間近にいるのを、すれ違う男がいい女だといわんばかりに一瞥して行く。
 
「あたし、お風呂屋さんの手前にある南雲造園さんに行ってたの。高校時代の同級生いるんで」
 それなら知ってるというと、綺麗でしょうという。確かに綺麗だったが、隣にいる女性のが好みだった。
「大学出て社会人なったけど、会社で叱られてばかり。そんなこと彼女に話したら元気出ちゃった」
 どんな人間が何のことで叱るのか知らないが、こんな女性泣かすなんて馬鹿な奴だ。
「あなたの歌聞いてたら、もっと元気なったみたい」
 駅が近くなるとどこそこまで帰るというが、電車の音で聞こえなかった。その女性が傘を持っ行くようにいう。
「すぐそこだから走る」
「いいの。安物のビニール傘だし。元気もらったお礼。あたし、西野春香。春の香りって書くの。あなたは?」
「吉田貴宏」
 霧雨が降る中女性が駆け出したが、すぐ振り返って手を振ってる。
「アイビー、似合ってるわよ」
 そういって駅へ駆けて行った女性の後ろ姿を、胸ポケットから取り出したハイライトを吸いながら見てた。
 その貴宏が吉沢春香かと、何度も心の中で呟いてた。


雨に濡れながら たたずむ人がいる
傘の花が咲く 土曜の昼下がり
約束した時間だけが 体をすり抜ける
道行く人は 誰一人も見向きもしない

 
 風であおられ骨が折れた傘を差してる吉田貴宏は、靴といわずスーツと鞄もずぶ濡れだった。誰一人も見向きもしないどころか、そんな彼を通行人が憐みの目で通り過ぎて行く。
 鎌倉湖近くの訪問先へ行くためバスを待ってたが、原野商法なんかやってられるかと駅へ歩きだした貴宏。
 何が洞爺湖近くの別荘地だ。北海道新幹線が通るだと!苫小牧東部工業団地ができるし地価が上がる?原始林が茂ってて水道も電気もない崖みたいな土地、だれが買うってんだ!もう辞めるんだ。いくら親戚の叔父だからって、あんな悪どい商売の片棒担ぐのはごめんだ。
 
 バイタリスチックで固めた髪が雨で崩れ、顔に張り付いてるのも気にするそぶりがなかった。高校三年になった春父親の仕事が立ち行かなくなり経済的に逼迫したため退学を余儀なくされた貴宏だが、担任ばかりか野上響子や国語の担任からも育英資金借りて大学まで行くようにとまでいわれてた。それでも母親のパートだけでは新築した住宅ローンが賄いきれず町工場で働きだした。それも親会社が新潟へ移転したために失業してしまった。そんなところにやる気になれば三十万以上稼げるからと叔父に誘われた。大学へ推薦入学できるほどの才能を持ってるのに家計を助けるため働いてるといえば、誠実な青年だって買ってくれる。現にそういう客が何人もいて、町工場の給料の五倍ももらい有頂天になってた。それで自分が売ってるところがどんなところか見に行くと道路というより獣道しかなく、人の住めるところでないことが分かった。そんな土地をだまして売りつけることに罪悪感があったし、高校時代の担任がまともな就職先を紹介してやるからといってくれてた。明日の日曜は先生のところへ行こう。もうこんな仕事やってられない。

 ズボンから金を出すと札がびしょ濡れになってた。券売機でなく窓口へ行くと並んでた女性が振り返り、あらという顔をしてる。
「色男も大雨じゃ、台無しね」
 ハンカチで顔を拭いてくれる女性に、もらった傘折れちゃったといった。
 名前しか知らない女。そんなの会えるわけないと思ってた西野春香と三年ぶりに会えたというのに、気の利いたことがいえないのがもどかしい。
「そんな安物のビニール傘、よく持ってたわね。うち寄って行きなさいよ。そんなんじゃ風邪ひいちゃうわ」
 うちへ寄れって?
 そういわれ、夢も希望も失ってたのが嘘のようにぱっと明るくなった。それでも今の惨めな自分では何を話していいのか…
「お風呂入ったほうがいい。お父さんのお古、何かあるから」
「有難いけど、このまま帰る。二度と会うことないと思ってたのに、三年も思い続けてきた甲斐あった。会えただけで嬉しくて、夢見てるみたいだ」
「純情ね…明日南雲さんところ行くの。桜坂でお花見。あなたも来ない?」
「あんなところで?」
「テニスコート空地なってるし、毎年あそこでしてるの」
 早く帰ってお風呂入りなさいという春香に、貴宏がじゃ明日といって改札口を通り抜けて行った。

 翌日花見を終えた春香と会った貴宏は桜橋にいた。日曜とはいえ住宅街は静かで、ときたま割烹大国から出てくる人影があるだけだった。
「うちの叔母さん、昔あそこで結婚式したんだ」
「そう…あたしも結婚しなきゃいけない年だけど、いい彼氏いなくて。吉田君みたいなの好きなんだけど…」
 そういって貴宏の頬にキスした春香が悪い女だし…また逢う日が来るといいわねといいながら赤い橋を渡って行った。

また逢う日まで 逢えるときまで
別れの その訳は話したくない
なぜか さみしいだけ
なぜか むなしいだけ
たがいに傷つき すべてをなくすから


そう歌いながら坂道を下りて行く西野春香。彼女が何をいいたかったのかわからない貴宏も歌いだした。

二人でドアを閉めて 二人で名前消して
そのとき 心は何かを話すだろう
と。

 昼前担任と会った貴宏は大舟に乗ったつもりでいろといわれほっとしてた。三交代の工場勤務だが一部上場で給料がいい。通信制の高校だけでなく大学にも行ける望みがあり、そうなれば役職に就くこともできるという。夢も希望もなかった前途が開けそうだし、悪い女だという西野春香と付き合うこともできそうだった。
 
 桜橋から見る桜並木は橋から少し下ったところで切れてるが、子供のころはその先が段葛になってて何本かの桜が植わってたことを思い出す。竹の湯への行き返りそんな桜並木で上を向いて歩こうをよく歌ってたことが蘇ってくる。

 そんな子供当時が懐かしいが感傷に更けてる場合でない。それでも何人かの女性と付き合い女というものを知ってたし、今追い駆ければ春香と一緒になれそうだった。それなのに追いかけないのは、いい思い出にしておきたいからだろう。それに、今は女よりきちんとした定職について家計を助けるのが先決だった。

 そんな貴宏の目に小さくなっていく春香の後ろ姿が映ってた。



その昔桜田通りから厚木街道を目指すには中原街道を南下し、現在の田園調布交差点の左側の道から桜坂へ、そして多摩川で丸子の渡しに乗り溝の口へ向かってたそうです。
昔の桜坂は雨が降るとぬかって行き来するのが困難だったそうで、それで切通しにしたそうです。
その切通しの上右側を少し行くとマンションになってますが、昔は大国という割烹でした。
結婚式場として地元民から利用されるだけでなく、宴の場としてかなりにぎわってたようです。
竹の湯が廃業する高校時代のころまで、そんな桜坂を通って行ってたものです。
地元民の花見どころとして親しまれてた桜坂がテレビ番組の「未来日記」の舞台として紹介され、そのテーマソングとして福山雅治が歌った桜坂という曲が大ヒットし、一躍脚光を浴びたのはもう十年前だろうか?
それまで地元民以外訪れる者はほとんどいなかったのに、花見時になると多摩堤通りは巨人軍のグランド辺りから鵜木方面まで大渋滞し、旧六郷用水の桜並木も行き来するのが大変という事態になりましたが、それも今ではずいぶん緩和されてきました。
六十年来その桜坂のそばで暮らしてる私にしたらここのどこがいいのと思ってしまいますが、それでも結構見に来る人いますからね~~~

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この記事に対するコメント

さくら坂

今晩は~!
拝読していてジーンときました
過ぎし日のほろ苦い想い出
お写真は勿論 小説好きには堪らない文章力
写真の隅々まで気を配られる方だと改めて思いました。
感性の一言では語れない何か・・・
今 一杯飲みながら 昔を懐かしく思い起こしています。
歳なんでしょうかね~!!
再々度 何度も読み返し 目頭が熱くなってきました。

桜の親父 #- | URL | 2014/04/08 19:48 * edit *

桜の親父さんへ
おはようございます。
三十半ばで小説もどきをワープロで書いてましたが、十年ほど前ブログで始めてました。
それも放置状態で…
桜の撮影が終わり日までほっとしたところで猫をテーマに書いてみようと思ってましたが、近所の桜坂を手始めにいたずら書きしたのがこの記事でした。
世の中は三日見ぬ間の桜かなではありませんが激しい勢いでどんどん変動していき、小説とはいうもののわけのわからぬライトノベルとか携帯小説とか氾濫してましたが、それもあっという間に姿を消したようです。
それでも自分が読みたいと思うようなものはなく、図書館で古いのを借りたりしてます。
笹沢佐保の木枯し紋次郎や池波正太郎の真田太平記など時代小説がすきですが、二人とも他界されてるのが残念です。
その両氏には遠く及ぶべくもありませんが、大人が読んでほっとするものを書いてみたい。
そんな思いでさらっと打ち込んだのが桜坂でした。
にも拘らず晩酌の友に拝読され目頭を熱くされたなら、それはそれは光栄の至りです。
拙い物語ですが、ありがとうございました。

freecat2828 #hdScUxTA | URL | 2014/04/09 07:38 * edit *

わたしも感動を持って読ませて頂きました。情景が目に浮かび、懐かしいような、何か痛みを伴う思い出も呼び起こされたりもしています。
以前にも小説を読んでいるよう、と思った記事ありましたよね!
まだいっぱいお持ちでしょう?
また読ませて下さいね!

meriko #- | URL | 2014/04/09 18:15 * edit *

merikoさんへ
感動していただいたとは恐縮です。
これまで書いたの10編ぐらいありますが、いま読み返すとこそばゆい思いになります。
ま、それでも手を加えて書き直そうかという気もありまして~
またいつかアップできればと思ってますが、あまり期待しないでくださいね~

freecat2828 #hdScUxTA | URL | 2014/04/09 19:44 * edit *

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