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亡きブロ友を訪ねて 

2009年秋母が亡くなり、その翌年結婚した当時父親と住んでた広島県府中市の上下町がどんなところなのか知りたくなりました。
それでも葬儀を終え納骨すると虚脱状態になり、なにもする気になれない日々が続いてました。
年が明け春になっても半ば鬱状態のこちらをブロ友の方たちが気遣ってくれてました。
その一人に広島在住の方がいました。
元は川崎市在住だったようで、こちらも二十歳ごろその川崎で仕事をしてたことがあり、おたがいすれ違ってたのかも知れないとブログで書きあってました。

その方のブログの更新が止まったままになり、どうしたのか案じてると火事で亡くなったことを知りました。
寝た切りの母親との二人暮らしで老々介護の果てストーブからの失火で火事になったそうです。
末期癌の母のことでなにかと激励してくれてたし、飛んで行きたかったものの、長い間仕事を休んでたのでそうもいきませんでした。

それから一年たったこともあるし、上下町へ行きたかったしブロ友の墓参りを兼ねて行く決心をしました。
ところが、すべての手配を終えたところで東日本大震災が起きました。
航空券と宿を手数料なしでキャンセルできるというのでキャンセルしたものの、やはり行こうと再度計画を練り直したものです。

上下町は白壁が多い町並みですが、両親がいたのは町はずれの山村だったようで、身内がいる訳でないしどこだか見当もつきませんでした。
それでも食堂を兼ねた宿の女将さんがそんな山村まで車で案内してくれました。
宿自体古くても気のやさしい女将さんでした。
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その上下から三次に出て芸備線でブロ友がいた戸坂へ。
駅に降り立つとローカル線らしき感じですが、タクシーでブロ友が住んでたところへ行くと山林を切り崩したような住宅街。
人っ子一人いないなか空き地があり、もしやと思い近所宅で確認すると釣り爺さんのぼやきというブログを運営してた北田さん宅でした。
火事を通報したのもその近所宅の方で、最寄り駅へ行くのに送って行こうといいますが、かなり歩きそうだし帰りは上り坂になるので途中で引き返してもらいました。
北田さんがこの長い坂道を上り下りしながら市内のグローバル塾まで通い、そのうえ母親の面倒を見たりで大変な思いをしてたのではと・・・
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墓がある国前寺は桜が満開で、二回忌の北田親子に春が来たと教えてるようでした。
墓前には花だけでなく缶コーヒーが添えられてたし、塾生たちの思いやりが偲ばれました。
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両親が住んでたところを見たいのとブロ友の墓参りのほかにもうひとつ、金本耕三が母を偲んで建立し西の日光といわれるほど立派な耕三寺へ行くのも目的でした。
自分にしても北田さんにしても母に対する思いが強かったし、だとすれば金本耕三の偉業を見て損はないだろうと・・・
陽明門や平等院に五重塔は法隆寺のを模したものですが、若干高い入場料以上に見る価値ありでした。
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北田氏が亡くなってまる7年たち、今日は八回忌なのにあいにくの雨模様ですが、母ともに極楽浄土で第二の人生を謳歌してることでしょう。
グローバル塾の塾生たちに親しまれた北田昌利さんを偲んで合掌です。
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テーマ: 独り言 | ジャンル: ブログ |  trackback: -- | comment: 4 | edit

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この記事に対するコメント

こんばんは~♪
北田さんとお知り合いだったのですね\(◎o◎)/!
私のブログに最初に訪ねていただいたのが北田さん(釣りじいさん)でした。2年ほどブログを通じて交流させていただきましたが、火災でお亡くなりになったことを、北田さんのお友だちと言われる人から連絡をいただいて哀悼の意を書き込ませていただいた記憶があります。
何せ最初に相互リンクをさせていただいた方なので今でも「釣りじいさんのぼやき」をリンクに貼りつづけています。
写真の批評や面白いコメントをたくさんいただいたことが思い出されます(^_-)-☆

まり姫 #8m8hig/. | URL | 2017/04/07 20:15 * edit *

まり姫さんへ

> こんばんは~♪
> 北田さんとお知り合いだったのですね\(◎o◎)/!
> 私のブログに最初に訪ねていただいたのが北田さん(釣りじいさん)でした。2年ほどブログを通じて交流させていただきましたが、火災でお亡くなりになったことを、北田さんのお友だちと言われる人から連絡をいただいて哀悼の意を書き込ませていただいた記憶があります。
> 何せ最初に相互リンクをさせていただいた方なので今でも「釣りじいさんのぼやき」をリンクに貼りつづけています。
> 写真の批評や面白いコメントをたくさんいただいたことが思い出されます(^_-)-☆

こちらはマリ姫さんよりもう少し早い時期に北田さんと交流してました。
塾を経営されてるだけに博識なのでしょうがそんなことはおくびにも出さず、ユニークなコメントをいただいてました。
川崎在住時にも火事に遭い思い出の写真をすべて焼失されたとかで、こちらが掲載した写真を懐かしい思いで見てたようです。
といっても以前のブログでこれとは違いますが・・・
北田さんが亡くなってからまる7年。
ときが経つのは早く、当時交流してたブロガーの方たちの多くが放置または閉鎖してます。
なんら頭の理由があってのことでしょうが、寂しさを感じるばかりです。
特に東日本大震災を機に更新が止まったままの方が多いのが気になります。
平穏な日常を取り戻すには今の政権では望み薄ですし、共謀ならぬ狂暴罪が成立すればネットでの発言も自由にできなくなりそうだし・・・

freecat #- | URL | 2017/04/07 21:30 * edit *

7年ですね

こんばんは。
あの早朝の家事はしっかりと瞼に焼き付いています。
山の中腹の団地で赤く燃える家の光景・・・
その後freecatさんのお知り合いと聞きびっくりしたことはまだ記憶に新しい感じがします。
若者はフェースブックやインスタ、
片やブログは意外と中高年の方が多く、今後ネットの塵となるブログは増えることでしょう。
塵と言うのは悲しいですね。
デジャブですか?

takke #- | URL | 2017/04/07 23:29 * edit *

takkeさんへ

> こんばんは。
> あの早朝の家事はしっかりと瞼に焼き付いています。
> 山の中腹の団地で赤く燃える家の光景・・・
> その後freecatさんのお知り合いと聞きびっくりしたことはまだ記憶に新しい感じがします。
> 若者はフェースブックやインスタ、
> 片やブログは意外と中高年の方が多く、今後ネットの塵となるブログは増えることでしょう。
> 塵と言うのは悲しいですね。
> デジャブですか?

7年はあっという間にたった感じです。
東日本大震災が起きた年に行ったので、よく覚えてるというか忘れられないというか・・・
ストーブの上で洗濯物を干したのが火事になったそうですが、老々介護で疲れ果てたなか致し方ないことだったのかと・・・へ坂駅でタクシーに乗り火事になった家へというと、運転手があそこなら知ってるといってましたが、良くも悪くも大きな事件だったんでしょう。

若者たちが車の免許をとらないのが多いらしいですが、パソコンを使えないのも多いとのこと。
なんでもかんでもスマホだよりになってるので当然でしょうが、大きくてもせいぜい6インチでは老眼の自分には無理ですが、慣れてしまえばどうということないんでしょう。
携帯電話が出始めのころ軽薄短小といわれてたのが懐かしいやらおかしいやら・・・
あれからもう20年近くたってるかと思うと、7年などまさにあっという間で・・・
どうでもいいことをツイッターやラインでやり取りして何がいいのかと思いますが、人とのつながりが希薄になってる時代の象徴でしょうか?
有意義な使い方もできるのに、ほとんどが使いこなしてるというより、スマホとコンテンツに使われてるのが多いのではと思ってしまいます。
年を取るにつれ、たったいま何をするんだったっけと度忘れする頻度が高くなってるだけに、備忘録としてのこのブログは更新の頻度が落ちてもやめることはないと思いますので・・・

freecat #- | URL | 2017/04/08 07:18 * edit *

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