思い通りに写真を撮りたい

最近草花が多くなってますが 猫とスナップがメインの忘備録的ブログです 右上のMENUクリックでカテゴリーが表示されます

警戒心が緩くなってきた野良猫 



あまえよかな あまえるのよそうかな
 淋しくて  いうんじゃないが
 あまえよかな  あまえよかな
 餌をもらってから  もう7年
 だけど気になる  やっぱり人間
 あまえよかな あまえるのよそうかな

あまえよかな あまえるのよそうかな
 悲しくて いうんじゃないが
 あまえよかな あまえるのよそうかな
 餌やりの小父さん もう若くない
 あたしも同じ 年老いてきた
 あまえよかな あまえるのよそうかな

あまえよかな あまえるのよそうかな
 嬉しくて いうんじゃないが
 あまえよかな あまえよかな
 やればやれそな あまえることが
 おなか見せて ゴロニャン孝行
 あまえよかな あまえるのよそうかな


我が家の野良猫に餌をあげるようになって7年近くたち、由乃が懐くことはないものの以前に比べると警戒心がかなり緩んできてます。
ときには自ら足元に寄って来てゴロニャンしたりで、あまえたいようなしぐさが多くなってて、背中や尻尾を撫でるとまでいかないまでも瞬間的にさわっても逃げることがなくなってます。

永六輔さんの追悼番組で北島三郎さんが歌ってた「帰ろかな」の作詞が永六輔さんだと知ったのは初めてで、改めて聞いたその歌詞の素晴らしさに胸が熱くなり、それで上記のような替え歌を作ったわけです。
こちらに対して由乃ががどんな思いでいるのかわかりませんが・・・

撮影機材 PENTAX K-5Ⅱs / smc PENTAX-A 35-70mm F4 MACRO / smc PENTAX-D FA MACRO 100mm F2.8 WR / LUMIX DMC-FZ1000
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野球は巨人司会は巨泉でおなじみ大橋巨泉が今月12日82歳で亡くなってたそうです。
癌の手術を何度もして痩せ細った巨泉永六輔が、ともに徹子の部屋に出演した二人は別人かと見紛うほどだった。
80歳を超え若いときと同じ風貌でいること自体おかしいが、それでも昨日クローズアップ現代で見た五木寛之は四十代当時と大して変わってなかった。
あちこち具合の悪いところはあるだろうが、歯医者いがい医者に行かないと公言してる五木寛之はいたって元気そのもの。
髪を洗うのは一年に一回あるかないというのにふさふさしてる。
いまノーシャンプーが女性の間でひそかに流行ってるというのも頷ける。
シャンプーではないが台所まわりにゴキブリが出たとき、キッチン用洗剤で退治してる。
台所に殺虫剤をかければなにかと始末が悪いからで、殺虫剤が手元になくて逃げようとするのをとっさに洗剤で対処したらいちころだった。
シャンプーとてそれに近い殺菌力があるだろうし、頭髪にいいわけない。
五木寛之を昨晩見て、改めて彼の生きざまの素晴らしさを感じた。

永六輔のあとは巨泉と、戦後から高度経済成長期に活躍した者が次々と他界して逝く。
昭和は遠くなりけりといわれて久しいが、おかしな元号だと思ってた平成がいつの間にやら28年を数えてる。
戦前戦中戦後を生き抜いてきた者がへっていき、戦争の語り部が少なくなってる。
先日京成立石に行ったおり売血があったところを知らないかと70代と思われる男性に訪ねたが、そんなのあったのと逆に聞かれた。
立石で日本製薬が血液製剤をしてたため売血で金を得る者が多かったと五木寛之がエッセイで書いてたのを覚えてたからで、彼自身頻繁に売血してたともいう。
これも戦後の動乱のなか生き抜いていくためだったろうし、その金でヒロポンを打つのが多かったらしい。
そんなことを世に知らしめる者としてのマルチタレントがどんどんいなくなって行くし、そんな過去を知らないし知ろうとしない者がネット上で誹謗中傷合戦に明け暮れてる様に呆れるばかり。

古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。
どこに新しいものがございましょう。
生れた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。


鶴田浩二の傷だらけの人生じゃないが、今の世の中真っ暗闇だと思うのは自分だけだろうか?
大橋巨泉氏の冥福を祈るとともに、五木寛之氏の活躍を願うばかりです。
一部敬称を略させていただきました。
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テーマ: 愛猫との日々 | ジャンル: ペット |  trackback: -- | comment: 0 | edit

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