思い通りに写真を撮りたい

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花火と残影 

昨日思いついたことを急きょ短編小説にしてみました。

     花火と残影

 村井春樹がカメラから顔を上げたのはファインダーに見覚えのある女性が映ってたからだが、その女性は彼を気にすることなく通り過ぎて行く。
 人違いか……それでもいい。
「片山敦子さんのお母さんじゃないですか?」
 声をかけられた女性は怪訝な顔をするも立ち止まった。
「敦子さんと東山高校で同級だった村井で、何度か自宅に行ったことも……」
「あ、あ思い出したわ。すっかり変って気づかなかった。ごめんなさい。元気そうでなによりね」
「敦子さんは?」
「立ち話もなんだからお茶でも飲まない?」
 二人が会うのは二十数年ぶりだったが、おたがい好印象だったのか其々の面影を記憶してるようだった。村井は敦子の近況がどうなのか知りたくて声をかけてたし、こう暑いのでは猫もそうそういないしエアコンが利いた店でコーヒーを飲むのもいいと思った。それで敦子のことを聞いた。
「高校卒業したあと仕事行くのに何度か村井君と同じ電車に乗り合わせたことがあったって聞いてたし、その時も付き合ってると思ってたのに、結婚したいって連れて来たのは会社の人。まだ二十歳で早いんじゃないのっていったんだけど、その人山梨で葡萄農家してて、自然のなかで生活するのが好きだからって結婚したの。それからしばらくしたら子供できたんだけど、産後の肥立ちが悪くて亡くなって……せっかく会ったのに敦子がそんなことになってて、ごめんなさいね」
「そうでしたか……」
「これ、敦子の娘」
 スマホを見せられると敦子そっくりな少女で、何歳か聞くと撮影したときは中学生だったのが今年成人式をすませたという。
「相手方に引き取られてるんだけど、敦子の忘れ形見で会いに行くと喜んでくれるし、今年はお盆の墓参りに行こうと思ってるの」
「そうですか……」
「村井君と一緒になってたら、山梨なんか行かないで毎日のように会えてたかと思うと……」
「いや……亡くなったのは残念だけど、僕なんかよりきっといい人なんでしょう」
 自分より葡萄栽培をしてる男性と一緒になって正解だったと思う。


 バブル崩壊とともに仕事が暇になり、ひょんなことで猫の魅力に憑りつかれ写真を撮り始めてる村井春樹。そんな猫を自宅で飼ってて餌をあげてる彼に、妻が今夜は冷やし中華が食べたいといって仕事へ行った。結婚しても妻は仕事を続けてて立場が逆転したかのように、夫に家事をまかせきりだ。それでも彼は稼ぎが悪いししかたないと割り切ってる。なにより外猫を撮影できるし、その猫にまつわる人たちといつしか友人となって付き合うのが楽しい。高校卒業後は親戚のところで働いてたがそれが新潟へ引っ越してしまい、やむを得ず飛び込んだペンキ屋は遊ぶ暇がないぐらい稼いだ。そして三十歳で独立し大手ゼネコンの孫請けとして職人を送りこんでたが、それも十年ほどで暇になり今では昔の職人仲間からお呼びがかかるのを待つだけとなってて雇ってた若い者たちは皆去ってる。それで稼ぎは不安定だが妻の収入が三十万近くあるので経済的に逼迫することはない。それでも髪結いの亭主的な存在でストレスを抱え円形脱毛症になった。それも野良ネコとの出会いで快復したし、まさに猫様様で猫のいない生活など考えられなくなってた。
 夜帰宅した妻が盆休みをどうするかと聞くので、行きたいところがあるなら行けばいいといった。
「それなら、友達と三日間出かけるけどいいわね」
 初めから自分と一緒にどこかへ行く気などないのだ。このところ夫婦生活などなかったし、おたがい気持ちが離れてる。浮気しようがなんだろうが構わない。今はただ猫と一緒にいるだけでいいと思ってるし、快く送り出してやろう。

 盆入りに村井の妻は猫のマー坊を撫でにこにこしながら出かけて行ったが、夫の村井は両親の墓参りに行ったついでに近くの里山をぶらついてる。
 彼の仕事場は都会だけでなく郊外もあるが、人里離れたという感じのところだと本当に猫の子一匹いないようなところだった。そんな味気なさもさることながら都会のごみごみした現場も嫌だった。それだけに昔から人の暮らしが息づいててなおかつ自然が多い里山をひかえた墓参りは命日と盆や彼岸だけでなく、暇を持て余してる最近は月命日ごとに足を運んでる。里山の畑近くで木に上ってる猫を撮影してた時、猫好きなのかと聞かれたのが縁で行くたびにお茶を飲みに寄るようにというのがいた。そこへ行くといつもは四十代と七十代の夫婦四人なのに戸を開け放った縁側に子供たちが何人も並んでスイカを食べてるし、部屋では大人たちが酒盛りをしてにぎやかだ。
「お、また墓参りかい?親孝行だね」
「楽しんでるところお邪魔したようですがこれを」
 村井が同年代の雨宮一男に手土産を渡した。
「佃煮か。これは有難い」
 盆で皆集まってるのを撮って欲しいという雨宮だが、村井は知らない者が突然カメラ向けたら皆堅くなってしまうからと体よく断った。
「一緒に飲んでるうち仲良くなるから」
 そういう雨宮が強引に上がらせ皆に紹介したあとビールで乾杯した。そして猫を撮らせたら右に出るのはいないし女なら美人に撮ってくれるというと、女たちが撮って撮ってとはしゃぐ。それで村井がカメラを構えると笑ってポーズする。おちゃらけた顔は良くも悪くも本人らしいし、老いも若きもにこやかに写ってた。その一人の女性に目を留めた村井に、雨宮が義理の姪だといった。
「うちの身内のなかでいちばんの美人で、葉子っていうんだ」
「あたしがどうかした?」
「葉子ちゃんのこと美人だって見とれてる」
 それはそうよとおどける葉子が写り具合を見に来て、プリントしたら送って欲しいという。
「俺が受け取ったら送ってやる。住所変わってないだろう」
「あたし、もうすぐ結婚してフランス行くの。それまでプリントしてくれればいいんだけど」
「そんなの聞いてないぞ。いつ結婚すんだ」
 葉子の話では結婚相手がフランスでワイン醸造の修行をするというし、その費用が馬鹿にならないので結婚式は両家の家族だけで地味婚にするという。夫になる男は同い年の二十歳で金がないということだった。
「そうか……お母さん生きてたら喜ぶだろうけど、若いだけに心配するかもな」
「お母さんどういう人だったのかわからないけど、きっと賛成してくれると思う。お父さんもそういってたし。それより叔父さん、たまにはうちに遊びに来てよ。お父さん今日も仕事忙しくて来れなくて、たまにはゆっくり一緒に飲みたいっていってるよ」
 雨宮がそのうち行くからというと、葉子はそろそろ帰るからと皆に挨拶し始めた。それで村井も帰ることにした。


 村井は妻が帰って来るのと入れ替わるようにして家を後にした。ひさしぶりに花火を撮影するためで、行き先は勝沼だった。
 中央自動車道は盆休みも過ぎて順調に勝沼インターに着いた。雨宮が教えてくれたできたばかりだというほったらし温泉へ行くのに迷ったが、露天風呂から富士山が見えて気分がいい。そして以前泊まったことがあるぶどうの丘の宿泊棟へ行った。障子戸を開ければ一面葡萄畑のむこうに甲府市街が見えるが西日が強くすぐに閉めた。前回来たときは勝沼甲府間が開通して間がない頃だから二十年近く前だろうか、まだ二十歳すぎて間がない頃だった。それに片山敦子と来たときは免許取り立てで高速道路を走るのが怖かったことが思い出され苦笑してしまう。それでも敷かれてる布団で大の字になると彼女の事が思い出され胸が熱くなってきた。
 先月片山敦子の母と会っていらい敦子のことが頭から離れないのは彼女が死んでいなくなってることもあるが、もし彼女と結婚してたらどうなってるかとあれこれ想像してしまうからだった。というのも妻に浮気してる節があるし、今の自分のままでいいのかという忸怩たる思いが募ってるからだ。敦子と結婚してればどんな苦難も我慢して乗り越えただろうが、妻ときたらあなたは都合が悪くなると逃げてばかりという。そのくせ勧善懲悪で融通が利かない真正直なところがあなたらしくていいとも。だからこそ現場の工程会議でシール屋がもっと早く仕上げてくれないと間に合わないともめることがなんどもあり、工事課長の補佐役だった妻がそんな自分を陰で慰めてくれてるうち結婚してしまった。そして不合理なことを要求してくるゼネコンの仕事をする気がなくなり個人宅の塗り替えを主にするようになったが、安かろう悪かろうの手合いにいいくるめられる施主が多く思うように仕事の受注ができない。それでも妻はしかたないわよと同情し慰めてくれた。こんな状況を甘受してる場合ではないと思うものの、憑りつかれた猫を撮りたいとき撮れるしこれでいいやと投げやりになってる。敦子だったら知り合いに仕事がないか聞いてみるからとか、自分を励ましてくれただろう。なんでも一緒にやろうという彼女だったし、たとえ仕事がなくても彼女と結婚してたらこんな結果になってないのではと思ってしまう。

 薄暗い浴室で寝汗を流し展望台に行くと何人かいるが、三脚を立てるスペースは十分ある。それで撮影準備をしてると陽が沈んでいくなか昨日まで笛吹川で鵜飼いしてたという声がし、葡萄畑のはるか向こうに残照で光る川面が見えた。甲武信ヶ岳を源に東沢渓谷となり西沢渓谷と合流し広瀬ダムに注ぎ、武田信玄の菩提寺恵林寺わきを流れ石和温泉を経由し後、鰍沢で釜無川と合流すると冨士川となって身延線とつかずはなれずで蛇行しながら静岡県の蒲原地区で太平洋に流れ込む長大な川だ。中学生の時山に魅せられ多摩川の土手から冬の大気が澄んでると小さく見える雪山が南アルプスの農鳥岳だと知った時は歓喜し、高校で山好きな者にそのことを話すと嘘だろうといわれた。それでも片山敦子が一緒に見たといってくれた。それで山好きな同級生が地図で確認すると手前の滝子山左に見えるらしいと納得した。敦子はなにかと気になる存在になってたし、最寄り駅は二つ離れてるが通学時は決まって同じ電車で同じドア口に乗り合わせてたしおたがい好意を抱くようになってた。それで彼女が家に来ないかというので何度も遊びに行ったし、彼女の母親と姉からいい男だといわれ嬉しい反面こそばゆかった。

 ドドンババンという音とともに花火が打ち上がり、まわりにいる者が綺麗といいながら手をたたいてる。
 村井はデジカメが発売されても高くて買えなかったが値崩れしたこともあり去年十倍ズーム付きのを購入した。もっぱら猫撮りに使ってて花火の撮影は初めてだが、フィルムカメラ同様バルブ機能もあるので従来通りの設定で撮影し始めた。何度か試し撮りをし勘をつかむと、あとは花火の明るさと数しだいでシャッター時間を決めていくだけだ。その花火に敦子の姿が重なり始めるとシャッターを閉じ忘れそうになるが、曇る目をしばたかせながら撮影した。
 花火が終わり展望レストランへ行くと敦子の母親がいてびっくりする村井をさらに驚かせたのは後ろから来た女性だった。
「え?青梅で写真撮ってくれた人ですよね」
 そういうのはフランスへ行くといってた葉子だった。
「お婆ちゃんと知り合いなんですか?」
「葉子ちゃんのお父さんになってたかも知れない人」
 そういわれた葉子は事情が呑み込めず立ったままだし、村井にしても葉子との奇遇な出会いに呆然としてる。
「敦子が高校時代、夏の校外学習で金峰山へ行ったこと話してくれたの。暑いなか山登りなんか嫌だっていってたのが帰って来ると楽しかったって喜んでた。子供のころ海へ連れて行くと怖いって泣くこと多かったのに、高尾山へ連れて行くと泣きごといわないで私たちと一緒に登ってた。きっとそのころから山が好きだったのね。行き帰りに食べたほうとうや手打ち蕎麦が美味しかったし、この下でバーベキューしとき葡萄畑が見えたって。それを聞いて親子で何度か来てたし、村井君とも二人きりで行ったって聞いたわよ。それも泊りがけでね」
 それを聞いた葉子がようやく納得したのか村井の顔を見つめた。
「地唄舞の練習で借りてた部屋に来たことあったでしょう」
「え、えぇ……」
「晩くなったから泊まっていくようにいって三人で川の字なって寝てたのに、村井君雨やんだからって夜中帰ったわね」
 よくそんなこと覚えてると赤面する村井。
「私、罪なことすると思ったけど雨降ってたし、それに村井君ならなるようになってもいいかなって」
 敦子の母を真ん中に自分と敦子は両端で寝てたが、十九の男としてはいたたまれない思いだった。
「私だけ帰って二人にするべきだったかなって思ったわ。そのことを敦子にいったら笑ってたのは、二人はすでに結ばれてたんでしょう」
 敦子の母が村井を好意的に感じたのはPTAでなにかと悪い噂が多い彼なのに、会うとそんなことはまったくないし敦子が信頼をよせてたからだった。煙草を吸って不良じみた感じがあっても家に来ればきちんと挨拶する。時にはいつもおやつや食事をご馳走になってるからと手土産を持って来ることもあって、いい少年としか思えなかった。そう感じるのは生後一年を待たず高熱を発して亡くなった長男が生きてれば、村井のようになってるのではないかとイメージを重ねてるからだった。夫にそのことをいうと死に児の年を数えてもなにもならないといわれたが、娘だけでなく息子がいたらと思いがちだった。その娘二人は近所から美人姉妹といわれ嬉しかったが嫁いでいくのかと思うと寂しさが先走ってた。それでも敦子が連れて来た村井なら近所でいつでも会えると思ってたら、山梨へ嫁いで行ってしまったのは金峰山に登ってから、山梨はいいところだといってたしそういうものかと諦めるほかなかった。
「お母さんと村井さん、そういう仲だったのか……不思議」
 葉子は青梅の叔父の家で村井と会ったときなにかときめくものを感じてた。それが母とただならぬ仲だったことを知りなんとなく腑に落ちる思いだった。
「もう遠い昔のことです。今じゃ奥さんに面倒見てもらってる不甲斐ない男だし、敦子さんと一緒になってたら不幸にしてるんじゃないかって……だから一緒にならなくてよかったと思うし」
「夫婦って貧乏でもやっていけるわ。葉子ちゃんの結婚相手は頭いいのに大学行けなかったけど、それでも夢を叶えるのにフランスへ行く。それを葉子ちゃんが支える。貧乏よりお金あったほうがいいけど、食べていけるだけあればどうってことないのよ。それを年収五百万以上ないと嫌だとか、そうでないと苦労するなんて週刊誌が書き立てるから女性も男性も尻込みしちゃうのよ。ま、今の村井君がどういう状況か知らないけど、高そうなカメラ持っててここで泊まるんだし、貧乏してるように見えないけど」
 そんなことより空腹な葉子が思連鍋を食べようという。甲州牛を味噌仕立てのすき焼きにしたものでレストランの名物メニューなのを村井も敦子の母も知ってて、ワインを飲みながら食べた。敦子の母と葉子は食べ終えると眠くなったといって先に出て行くが、村井は飲み足りず一人で白ワインから赤ワインに切り替えて飲んでた。それもラストオーダーとなって部屋にもどるといっきに酔いがまわって布団に倒れ込んだ。


 起きてという声が何度か聞こえたが起きられない。しょうがないわねという妻が出て行く気配がしても目を開けられなかった。
 その村井が目を覚ましたのはざらっとしたマー坊に舐められる感触でだった。肩に座り込んでるのか重いし、何度も頬を舐められるくすぐったさにようやく目が覚めた。餌をあげなければと起き上がるとマー坊が一緒について来て廊下の隅で待ってる。いつものことながら行儀よく前足をそろえてる。餌を出すとこちらを見る顔が嬉しがってるようだが、もはや餌を食べるのに忙しく顔をかしげながらカリカリを噛み砕いてる。寝起きで焦点の定まらない目にそんなマー坊の姿がぼやけて見えた。

 待てよ。俺は猫を飼いたくても飼ったことないのに、なんで猫がいるんだ?

「やっと起きたか……」
 突っ伏してた村井が顔を上げると、居酒屋の主がよく寝てたといった。
「敦子なんて寝言いってた」
 夢の夢を見てたことに気づいた村井だが、片山敦子とは確かに付き合ってた。ぶどうの丘の古ぼけた宿泊施設で一緒に泊まったことがあるし、夢にしては現実味を帯びてた。
「花火撮るんだって頑張ってたのが中止なって、自棄酒飲んだわりにはいい夢見てたようだ」
 そうか……今日花火が始まる直前雷雨になって、それでここに来て生ビールを何杯も飲んだんだ。その雨が敦子の母親が雨が降ってるし終電も出てるから泊まっていけばといったのが夢になったのか……でも敦子は死んでなんかいない。盆前の同窓会で会ったときフランスに住んでると聞いたばかりだ。浮気しようかっていったらホテルについて来た。初めて男と女になった二人だったし、敦子は仕事が忙しいとかまってくれない夫に不満なようだった。それで母親に愚痴をこぼすと俺と一緒になればよかったのにといわれたらしい。敦子の母はなんだか知らないが、高校生のときから俺のことをよく見てくれて好意的だったのを覚えてる。それで別れて一緒になるかといったら、五十過ぎて離婚して再婚というのは気乗りしないという。それでも日本に帰って来たら会いたいといってた。
 そんなことを思い返してる村井に主が、こないだ教えてもらったほったらかし温泉へ行って来たという。
「天気よくて富士山見えたし、ついでに村井さんがいってたぶどうの丘で泊まったけど、あそこのレストランからの夜景はちょっとしたものだ。レストラン店じまいするまでいたらネオンがぼつぼつ消えて行くんだ。甲府じゃ新宿とか渋谷と違って夜早いんだろう。そんな夜景が乙だった。ホテルは部屋が広くて綺麗だし風呂は温泉だ。それでもそばにある天空の湯に行ったけど、そこから見る夜景もよかった。遊び人の村井さんらしくいいところよく知ってるよ」
「本当。こんないい男なのに結婚しないなんてもったいない」
 主の女房は二十年ほど前ふらっと入って来た一見の客だった村井が気に入ったといって、女性をよく連れて来てたのを覚えてる。それが一人や二人でなく五人ぐらいだったか、皆美人でスタイルがよかった。男盛りで気前のいい村井に女性たちが惹かれてるのが見ててわかったしそのもてぶりに亭主がやきもちを焼いてた。そんな村井が寝言で何度も敦子といってたのはどの女性だったのか思い出せないが、彼が写真を撮ってくれないかといったのを何枚かもらってた。
「懐かしいの見せるわ
「あっ」
「敦子っていう女性いるの?」
「いない。二十歳前に別れてるし、結婚してフランス行ってる」
「どれでもいいじゃない。このなかでまだ結婚してないのいたら一緒になったら」
「もう五十過ぎてるのに、皆結婚してるって」
 結婚したい時期はあったが移り気な自分が一人の女性と一生付き合うには不向きだと思いながら居酒屋を出た。
 雨はすっかり上がり親子が道路端で線香花火をしてる。火持ちの悪い花火はすぐに消えてしまうが、子供はそれでも喜んでる。母親は花火大会が中止になりそんな線香花火で子供を喜ばしたかったに違いない。いろんな女性とあちこち遊び歩いたのは少しでも喜んでほしいと思ったからだし、少し付き合うようになると昼頃電話をかけ美味しいお好み焼きを食べに行こうと羽田空港で待ち合わせそのまま大阪や広島へ飛んで行った。そんな自分に女性は馬鹿な金の使い方をするといっても喜んでた。金は天下のまわりものだという考えだし、なくなったらなくなったでそれなりの生活をすればいいと思ってる。老後のことを考えてなどというしみったれな考えはしてなかったが、五十過ぎるとさすがに先行きが不安になり浪費しなくなった。もう少ししたら田舎暮らしを始めたいと思ってるからだった。そこで猫を相棒にのんびりした生活もいいだろうと。マンションじゃ猫を飼えないし、面倒見てる猫を連れて行こうと思ってる。女より猫のがいいと思うようになったのだから、ずいぶん心境の変化をしたものだと自分自身おかしく笑ったら、そばに潜んでたのか猫が飛び出して行った。そんな猫が通過していく電車の灯りで照らされるがすぐに消えて行った。シューっという音がしたかと思うとパンというしょぼい音がして振り返ると誰かが打ち上げた花火だった。皆花火を楽しみにしてたんだろう。さきほどの親子がその花火に照らされ影絵のように映って見えた。そして向きを変え商店街を歩くと水銀灯がまぶしく目がくらんだ。その瞼に片山敦子の姿が映り、電車に乗ってもその残影は消えなかった。



撮影機材 OLYMPUS C730 ULTRA ZOOM
画像中央部が丸くボケてるのはレンズにごみがついてるのを知らずに撮影したためです
ほったらかし温泉の駐車場と売店や休憩所
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ほったらかし温泉あっちの湯とこっちの湯ですが今はもっと広くなってると思います
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勝沼駅からのぶどうの丘とホテルですが30年ほど前はもっと奥にあり古ぼけた町営の宿泊所だったのが今では第三セクターが運営しかなり割高になってるものの民間のホテルよりは安いです
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正月に大弛峠へ向かうのに途中で写したものです
左のギザギザなのが瑞牆山で真ん中は金峰山の五畳岩で右は鉄山だと思います
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テーマ: 日帰り温泉 | ジャンル: 旅行 |  trackback: -- | comment: 2 | edit

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猿が木から落ちた 

猿が木から落ちるからサルスベリ
そのサルスベリの花が落ちたらなんというべきなのか・・・

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10分で読める短編小説「猿が木から落ちた」

 日曜の昼下がりで車内は閑散としてたが、その静寂な雰囲気を壊そうとしている者がいた。
「いいオッパイしてんじゃねーか」
 伸び放題の不精髭によれよれな服を着、女性には縁がないといった男を象徴してるいでたちの男が両手で吊り輪をつかみながら薄着の女の胸元を覗き込んでる。
 男の顔が間近で吐く息は酒臭かったし、すえた汗が強烈な異臭を放ってた。それに我慢できず立ち上がろうとした女の肩を男が押しもどした。
「やめてよね」
「いいじゃねーか。見るぐらい」
 男は吊り輪にだらしなくぶら下がるような格好で、操り人形のように全身を前後左右に揺らしてる。
 
 友人と昼食をしながらビールを飲み、いい気分の梶山三郎が電車に乗り込んだ。その彼が座ろうと思ったとき悲鳴がし、その声の方に目をやれば男が女のブラウスを肩からずりおろそうとしている。梶山は躊躇うことなく隣の車両にいるその男に駆け寄った。
「いい齢して、変なことするんじゃないよ」
「ふん」
 酔っ払いは梶山に鼻を鳴らし、なおも女の肩から手をはなそうとしないどころかブラウスをつかみ上げてる。
「やめろって」
 梶山が男の手をひねり上げた。
「何しやがんだ」
 梶山は後ろ手にしてホームに引っ張り出したそういう男を蹴っ飛ばしてやろうかと思うが、彼自身ビールを飲んでたしこれ以上手荒なことはよしたほうがいいと判断した。
「いい格好すんじゃねぇ。おめぇーだって、この女のオッパイ見てぇだろう。この女と、やってみてぇくせによ」
 発車ベルが鳴り急いで車内に戻った梶山が飛び込んで椅子に座った。その彼の向かい側に、女が何事もなかったかのように澄ましてる。有難うの一言もなしかと思う梶山だが、礼をいって欲しいために男を車内から引きずり出した訳ではない。世の中こんなもんなんだと呆れるとともに、少しばかり興奮したせいか動悸が激しく膝に胸がつくほど俯いてた。床に目を落としてたその彼がゆっくり顔を上げていくと、女の素足の付け根に白いものが見えた。そして座席の背もたれまで上体を起こしたが、それでも彼の目にはミニスカートの奥の白いパンツが視界に入ってくる。
 梶山が助けた女のミニスカートは普通に座っててもパンツが見えそうなぐらい短い。それに白いブラウス生地が薄く、青いブラージャーがくっきり透けてた。
 こっちは人助けをしたっていうのに、礼もなしで、なんでそんな目で見てんだよ。
 そう思っているうち、梶山は眠くなった目を閉じた。

 電車に揺られて気持ちいいのか、梶山が中学時代の夢を見てる。

 友人達が塾に行く時間だとか、晩くなるから帰ると三々五々散って行く。誰もいなくなり独りになった梶山が駅へ行くと、教育実習に来ている有馬佐智子と出くわした。
「さっきも教室でいったけど、時間あったら遊びに来てね」
「行って、いいんですか?」
「いいわよ。うちのそばにはキャンプがあるから外人いるわよ。三溪園近いし、写真撮りに来れば」
 そういわれた写真好きな梶山は、夏休みに有馬佐智子と三溪園に行った。
 体育大学の佐智子はバレーボールで鍛えた手足が日焼けしてた。梶山がそんな彼女と別れ際に喫茶店で向かい合ったとき、ミニスカートから白いパンツが見えた。
「明日から軽井沢でアルバイトなの。絵葉書送るから、住所教えて」
 パンツの鮮やかな白が目に浮かんでる梶山が喜んで佐智子の手帳に住所を書き込んだ。
 
 肩を叩かれた梶山が目を開けた。
「痴漢みたいな目で、見てたでしょう」
 何のことだと、梶山がしょぼついた目をこすった。その目に、さっき助けた女がぼやけてる。
「降りてよ」
「どうして?」
「さっき、スカートのなか見てたじゃない」
「いい加減にしろよ」
 電車が停まると、女の意外な力で立ち上がらされた梶山。女に同調するかのように梶山の隣に座っていた男が、彼女と一緒になって彼をホームに引っ張り出した。
 駅長室に連れて行かれた梶山は身元確認を求められるが、いっさい応じようとしない。
「あんた、おかしいよ。人がせっかく助けたのに、礼をいうどころか、俺を痴漢扱いにしてる」
 何ら悪いことをしてないという面持ちの梶山が、込み上げてる怒りを抑えながらいった。
「そっちこそおかしいじゃない。あたしはさっきの痴漢のことをいってるんじゃないの。あなたはあの痴漢を追っ払ってくれたからいい人だと思ったのに、あたしのスカートのなか覗いてたのよ。そのことをいってるの」
「馬鹿いってんじゃないよ」
「どっちが馬鹿なのよ」
 梶山と女の押し問答が延々と続いてるとき、一人の女性が駅長室に入って来た。
「私、この女性のそばに座ってましたけど、男の人はその女性のスカートのなか、覗いてるようなことなかったです」
「何いってんの。いやらしい目で見てたの、あたし、ちゃんと見てたんだから」
「この男性はあなたを助けるのに興奮して、それで苦しかったから俯いてただけよ。それで顔を上げるときあなたを見る形になったけど、それはスカートのなかを見るとかじゃなくて、自然の成り行きでそうなっただけ。それに、そんなスカートじゃ、下着見てっていってるのと同じじゃない」
 踵の高いサンダルは膝をシートから浮き上がらせてたし、そうでなくても膝上三十センチ以上と思われるスカートは女性が見ても短すぎると感じる超ミニだった。それに梶山が男をホームに引きずり出し車内に戻ると、酒を飲んでたのと興奮したのとで動悸が激しくなってた。それで腰を曲げた状態で激しい息遣いが収まるのを待ち、背もたれまで上体を起こしたに過ぎなかった。
「だいいち、この女性の言い分は、どう考えてもおかしいです」
 梶山を痴漢扱いしてる若い女は顔を赤くしながら、彼を援護している中年女性に冗談じゃないわといった。
「百歩譲って、この男性が仮にあなたのスカートのなかを見てたとしても、あなたはこの人に助けてもらったのよ。この人があの酔っ払いを追い払わなかったら、あなたはブラウスを引きちぎられてたかも知れない。そういう人を痴漢扱いにするの、私には信じられない」
「まったくだ。あんたの頭は狂ってる。あれが電車じゃなく、人通りのないところだったら、間違いなく、あんたはレイプされてた」
 喉が渇き声がかすれ気味な梶山がペットボトルのウーロン茶を飲んでいった。
「そんな奴から助けてやった俺が、なんでこんなところにいなきゃなんないんだ。ふざけんのもいい加減にしろってんだ」
「助けた助けたっていうけど、誰が頼んだ?あたしはあんたに、助けてなんていってないからね」
 梶山は悪い夢を見ているんだと思いたかった。
 駆けつけた警察官が腕組みしたまま聞いていたがこれでは埒が明かないと判断し、被害者と思われる女と痴漢扱いされてる男を擁護している女性の三人に事情聴取するため警察署に同行を求めたが、梶山がそれを固辞した。
「どうしても連れて行くんなら、逮捕してくれませんか。そうすれば、こっちはこの馬鹿女を名誉毀損で裁判起こすし。それはこの女だけじゃなく、あんたに対してもね」
 梶山が定年間近と思われる警察官にいった。
「公務執行妨害でも何でもいい。手錠掛けたきゃ掛ければいい」
「そちらのお嬢さん。あんたはどうする?こちらの男性は名誉毀損で訴えるっていってるけど」
「勝手にすれば……これから仕事だから、あたしは行くからね」
 立ち上がった女を無理やり振り向かせた梶山が、彼女の頬におもいっきりピンタを張った。
「いたっ」
「お前のためにこっちはいい気分を害された挙句、痴漢扱いされてんの判んないのか!ばっか野郎が」
「何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ」
「見たでしょ。この男、あたしのこと殴ったのよ」
「今までの話を総合してみると、あんたにもかなりの落ち度があるようですな」
「何でよ?」
 その短いスカートもそうだし、ブラジャーが透けて見えるそのブラウス。誰だって、男ならおかしくなりそうな格好じゃないか。ストリッパーなら別だけど」
「ストリッパー?あたしが……」
「否、物の例えということでね」
「酷い。もういい。帰る」
「冗談じゃない。こっちはいい恥かかされたんだ。このまま帰して堪るかってんだ」
「女性がもういいっていってることだし、あんたもこのまま帰ったほうがいいんじゃないのかい」
「冗談もいい加減にしてくれよ。変態扱いされて、それを今度はもういいからっていわれて、黙って引き下がれるかってんだ」
 梶山はやたらと乾く喉にウーロン茶を流し込んだ。
「名誉毀損と侮辱罪で、この女を訴える」



 簡易裁判所を出た梶山の隣に、彼の証人として出廷した中年女性が立ってる。
「有難うございました。お忙しいところ、申し訳ありません」
「いいえ。私が酔っ払ったあの男性を止めてれば、あなたもこんなことになってなかったでしょうに……」
「あの酔っ払いを止めるには、女性には無理だろうね……」
「見て知らん振りしてる私達にも責任あったし……いちばんいけないのは、酔ってるとはいえ女性に乱暴しようとしたあの男性なのに……あなたはとんだ迷惑を被ってしまったわね」
「困ってる者見たら、放っておけない性質なんで……」
「それにしても、助けてもらってお礼をいうどころか、冤罪を着せるああいう女性って、何考えてるんだか……これに懲りず、これからも悪い人懲らしめて欲しいけど、こんなことになるとおいそれと人助けもできないわね」
 女性がそれではと会釈し、深々と腰を折ってその彼女を見送った梶山が空を見上げて眩暈を覚えた。それはかんかん照りで暑いこともあったが、彼を痴漢扱いした女の言い分に愕然となってることのが大きかった。
 
 男に乱暴されそうになって怖かった。それで助けてくれた男にほっとしてたら、自分のパンツを盗み見しているのに気付いた。きちんとした格好の男までが自分をそんな目で見るのかと思うと、腹が立って駅長室に連れて行った。できれば、痴漢に仕上げて金を巻き上げたかった。

 そんな女の浅薄さに、梶山は何のために女を助けたのかと、嘲笑すらできなかった。

 少女三人がコンビニ前の路上に座り込んでる。彼女達はそろいもそろってローライズのジーンズやスカートで、パンツだけでなくヒップの割れ目まで見えてる。
「すいません。ちょっとごみの整理するんで、他へ行ってもらいたんですけど」
「ちぇっ。うっぜーな」
 少女たちの吐き捨てるようなその言葉に<どけ!道端に座り込んで、邪魔だ>と、裁判に勝ったものの心がすっきりしない梶山が苦虫をつぶしながらいった。痴漢呼ばわりした女同様、やりきれない気持ちを関係のない人間に向ける梶山だった。
「通れんじゃん。こんなに道あいてんだから」
「道は座り込むためにあるんじゃない。店の人だって困ってんだから、さっさとどけ!」
「オッサンの道じゃないくせに」
「行こう。変なオッサンでキモイよ」
「何がキモイんだ。蹴っ飛ばすぞ」
 四十過ぎの店員が苦笑しながら、梶山に礼をいった。
「今の子達は、自分中心に地球がまわってると思ってるのが多くて……」
「あの労務者風の男だけでなく、若い者にしても、皆狂ってる」
 梶山がぎらつく太陽を背にしながら歩き始めた。
 
 無差別殺人が起きたり、警察や裁判官に教師までが痴漢や盗撮で捕まったり、このところおかしな事件が続いてる。
 各地で連日猛暑が続き、東京は四十度に迫ろうかという厳しい暑さだった。
 平和に見える日本だが、勧善懲悪主義の梶山が痴漢という冤罪を被らされそうな世間。
 人の心が猛暑で狂うような夏が、否、暑いからでなく、人そのものが狂いだしてるのだろう。
 あまりの暑さに猿が木から落ちたというトッピクスに、苦笑いする梶山だった。
                       
                            完
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ア・デイ・イン・ザ・ライフ 

MPSレーベル MELLOW MOODよりオスカーピータソンのサマータイム



ア・デイ・イン・ザ・ライフ
 
 男三人が伏せて置かれてるU字溝
に座った。
 梶山が水筒をラッパ飲みし、デブ二人に挟まれて、暑いのがよけい暑いといった。
「そういうなって。俺たち、痩せるためにラグビー部入ったんだぜ。それもおまえが入れって頼んだからだ」
 そういう宮崎がしたたり落ちる汗をタオルで拭き、梶山と同じように水筒をラッパ飲みした。もう一人の安達は宮崎より太ってて九〇キロを超す巨漢だった。その彼がこの三日で五キロやせたという。朝八時からグラウンドを十周し股割りや腹筋をこなし、その後セービングやランニングパスをする。三人ではスクラムを組めないので、先輩に朝練しようと声をかても、炎天下にそんなことはごめんだと断られてた。一年生の部員は彼ら三人しかいないし、二年三年生を合わせても十五人きり。それで試合のときは、バスケット部やバレー部から臨時部員を募るという弱小ラグビー部だった。
 梶山は小学校時代夏木陽介の青春ドラマ「青春とはなんだ」を見ていらいラグビーに憧れてたが、中学にはラグビー部はなく、高校生になってようやくラグビーができると喜んだが、そういうチーム状態だった。夏休みだというのに部の練習はなく、それで太っててまともに走ったところで、女子よりも遅い宮崎と安達の二人に自主練習をしようといってはじめ、今日はその四日目だった。その練習といってもほとんどが走り込みだし、三人ではランニングパスをしてもすぐまた自分のところにボールがもどってきてしまい、ふだん五人ほどでするときと比べると数倍疲れる。
 それなのに安達は七十キロまで体重を落とすと頑張ってるし、宮崎は速く走りたいと弱音を吐かない。梶山といえば自分で練習しようといっておきながら、クラスの片山敦子に思いを寄せられてて、今日も練習を終えたあと彼女の家に行くことになっててそちらに気がせいてた。
「今日は三十三度なるっていうし、これでやめよう」
 風がそよともしないなか、グラウンドには陽炎が立ってた。
「明日もあるし、やめるか」
 宮崎がそういうと安達もうなずいた。それで三人が立ち上がったU字溝は汗で濡れてたし、玉の汗が落ちたじめんはあちこち黒ずんでた。

 練習を終えた梶山は片山敦子の家に行くにはまだ早いと、自由が丘へ行った。改札口脇にあるミルクスタンドでホットドッグを食べ、ファイブスポットではアイスコーヒーを頼んだ。地下の薄暗い店内でジャズを聴きながら、ギンガミチェックのシャツから取り出したハイライトを吸うと、頭がくらくらしてくる。それに流れてるレコードのダイナミックなピアノが追い打ちをかけるようで、彼の体を痺れさせるようだった。
 ボーイが水を注ぎに来たのでなんという曲か聞くと、オスカー・ピーターソンのサマータイムだと教えてくれた。そういえば友人のところで聴いたジャニス・ジョップリンが歌ってたのと似てるメロディーっだった。アレンジでこうも変わるのかと驚くが、しばらくして流れた曲も素晴らしく、それが同じくオスカー・ピーターソンのニカの夢だった。アルバムタイトルも知り、東急プラザにあるレコード屋で同じのを買い込んだ。

 片山敦子が母と一緒に冷麦を食べたのを片付けてるところに梶山が訪ねて来た。
「いらっしゃい。お昼食べたの?」
 そういう母に敦子が冷麦を食べるか聞いた。
「せっかくだけど、さっきホットドッグ食べたから」
 梶山がそういうと、敦子の母はおなかすいたら遠慮なく敦子にいってねといって出掛けて行った。
「おばさん。いつ見ても綺麗だ」
「お母さん聞いたら、喜ぶ。それよりさ、宮崎君と安達君、よく続くよね」
「女より走るの遅いんじゃ、しょうがないだろう」
「皆いつやめるかっていってる」
 笑いながらいう敦子に、片山も皆と一緒にあいつらがいつ根あげるか楽しんでるのかと目を向けた。
「そうじゃないけどさ、ラグビーってタイプじゃないからね」
「人それぞれ夢がある。あいつらは痩せたいってはじめたけど、今じゃそれなりに走るの早くなってる。秋か冬には、こっちよりタフになってるんじゃないか」
 梶山は痩せてて走るのは早いが体力がなかった。
「こっちなんか、息切れしてばかりだ」
「タバコ吸うからじゃん。やめなよ」
「キスしてくれたらやめるけどな」
「エッチ」
 そういう敦子だが目を閉じさせた梶山の額にちゅっとキスした。
「口にだよ」
 あまえん坊なんだからという敦子の唇が口に合わさった。

 春の校外学習で箱根へ行った帰り、バスの席は行きと違い気の合う者同士が座ってた。いちばん後ろに陣取った梶山の隣に、敦子が中学のときから一緒だった由紀と座った。それでいろんな話をしてたが、梶山は眠くなって敦子の肩にもたれかかってた。それを由紀が膝枕させてあげたらと敦子にいった。敦子は梶山といつも同じ電車に乗って通学してたし、それで彼のことをなんとなく好意を持ってた。というのもほかの男子生徒に比べて大人びてたし、勉強ができるだけでなく運動神経がいいし、それにたまにぼそっという冗談が面白いからだった。それに学生服のズボンをボンタンにしないし、それどころかアイビーのようにスリムにしダブルステムの裾にしてるのが洒落てて、顔つきにしてもハンサムだった。
 その梶山を膝枕させるとよく寝て、大人っぽく感じてたのが子供のように幼く見えた。そういうギャップもまた魅力で、母が彼のことを好きなのかと聞き返事に詰まったが、礼儀正しくて恰好いいしいいじゃないという。母が煙草をきらし梶山に一本恵んでもらうと、帰りに買うからどうぞと箱ごとあげてた。そんなことで母は梶山のことを気の利く少年だといってた。敦子が高校生でタバコ吸ってどこがいい少年なのかと反論しても、母にしても高校生のとき吸いはじめたと笑う始末だった。それで母と梶山は気が合うようで、敦子が留守にしてても梶山が部屋にいることがあった。

 敦子は梶山が買ったばかりだというレコードを聴き、ジャズがどういうものか初めて知った。
「よくさぁ、フィーリングとかっていうけど、そんな感じ」
「なんか、勝手に体がスウィングするんだ」
 その梶山が膝を手でたたいてリズムをとってた。
「ジャズって、メロディーなんども繰り返すけど、それがいろんなアレンジされてるのに、いつの間にかイントロと同じ感じにもどってて、それが凄くいいんだ」
 梶山自身ジャズを聴きはじめて間がないし、ジャズのレコードを買ったのは今日が初めてだった。それでも敦子に知ったかぶりでそんなことを話した。

 梶山が帰ると入れ替わるように姉が帰って来た。
「お母さんは?」
「踊りの練習行ってる」
「じゃ、梶山君と二人きりだったの?」
「そうよ。どうして?」
 敦子は子どもで梶山君じゃ相手しないわよねという姉に、なによとむくれた。
「それとも、エッチしたの?」
「キスしたし、おっぱいもまれた」
「で、Cまでいったの?」
「やーね。いくら兄弟だからって、そこまで聞く?」
「梶山君。彼、童貞じゃないと思うな」
「そんなこと、どっちでもいいじゃない」
 敦子がおっぱいもまれたというのは、梶山がレコードを聴いてるうち膝でリズムをとってたが、敦子の背後からバストをつかみ、ピアノの音の強弱に合わせてもんだのであり、セックスでいう愛撫とは違う。それでも敦子は姉にセックスしたかのような思わせぶりでいった。大学生の姉に対抗意識を持つわけでないが、友達同士でセックスのことを話してるとバージンを卒業したのが何人かいたし、自分もそろそろいいのではという思いがあるからだった。それでもふんぎりがつかないまま梶山とつきあってた。


 安達は見事に七十キロまで体重を落とし、入学した春とは見違えるほど顔が小さくなってた。引き締まった体は筋肉質にになってたし、
鈍足だった宮崎も尻から太腿が馬のようになり、梶山を追い抜くようになってた。それでも部員が十五人では練習試合もできず、OBたちが集まって相手をしてくれることになった。なかには五十過ぎとか六十ちかいのがいるが、それでも昔取った杵柄で高校生など及びもしないプレーを見せた

「一年。おまえら初めての試合だろう。こんな老いぼれ連中にに負けて悔しいだろうが、ま、キャリアの差だ。それにここは年々女子の比率が高くなって、ラグビー部の存続が危うくなってる。おまえらの代で廃部なんてことならないよう、頑張ってくれ」
 そういうOBたちを見送った在校生たちが三々五々更衣室へひきあげて行くなか、梶山がグラウンドを走り出した。安達と宮崎もそれに続き、試合を終えたばかりで足元がふらついてるというのに、日が傾きかけ足元が薄暗いなか走り続けた。
「無理につきあわなくていい」
「いつかまた、試合できるように走るだけだ」
 そういう声もとぎれがちな三人が足を止めたのは、西の空が夕日に染まってからだった。梶山は帰りがけ自動販売機で、八十円のハイライトを買うのに二十円足らず安達から借りた。
「タバコ吸うと息切れするぞ」
「たまに吸うだけだし、関係ない」
 そうはいうものの一日七本ぐらい吸ってた。とくに起き抜けに吸うと頭がくらくらし、それが快感になってた。なかにはシンナー遊びしてるのもいるが、あれをやったら中毒になる。タバコならそんな心配ないしいいだろうと、暗に安達に同意を求める梶山だった。

 
 梶山はファイブスポットで知り合った短大生青木洋子とトップのオムレツケーキを食べてた。
「美味しい」
「よかった。あたしの分も食べて」
 洋子がフォークで食べかけの部分を切ったのを口にすると、残りを梶山に向けた。それをたいらあげた梶山がレジで会計をすませた。
「高校生に払わせちゃ悪いわね」
 そういう洋子だが、梶山はこないだの誕生日にレコードプレゼントしてくれたからといった。
「気に入ってくれた?」
「フランシス・レイ、中学のときグルノーブルオリンピックの白い恋人たち見て、いっぺんに好きになってたし。男と女見てないけど、そのうち自由が丘劇場でやるだろうし……」
「そのとき見てね。いい映画だから」
 洋子は梶山に大人の恋愛がわかるかどうか知らないが、男と女の映画のレコードをプレゼントしてた。それで映画について少しばかり話し、主人公がホテルのバーで酒を頼むのに、ボーイについでに部屋もというくだりがいかにもフランス映画らしいと説明した。
「エスプリきいてるでしょう」
 エスプリという意味が分からない梶山は、肩がふれるほど寄り添って歩く洋子の化粧のあまったるい匂いにくらくらしてた。
「男と女のパンフレットあるから来る?」
 アパートがすぐそこだという洋子が寄って行かないかといってる。
「おいでよ」
 
腕を組まれた梶山がえっという思いで葉子にひっぱられるようについて行く。
「寒いし、ホットウイスキー作ってあげる」
 ウイスキーは苦いから好きじゃないという梶山に、ジンライムもあるからと葉子の目が笑った。
 洋子が初めて
梶山と会ったのはファイブスポットで相席になったからだった。そのとき彼はコーヒーを飲んでたが、葉子が飲んでるジンライムをバスクリンみたいな色だといって笑わせた。洋子が飲んでみるというと、あまくて美味しいという。それに間接キスしちゃったとほころばせるように笑った顔が、少年らしい初々しさがあった。洋子はつきあってた男と別れたばかりだったし、梶山の純真さに惹かれた。それでバイト先の食堂へ呼んでは、オムライスやチャーハンをご馳走してた。
「寒いからさ、おでん作ろうか」
「それがいい」
 こんにゃくと餃子巻が好きだという。
「あたしははんぺん。ふわっとしたのが好き」
 そんな二人がおでんの下ごしらえをし、あとは煮るだけとなった。
 ストーブのない部屋はコタツがあり、梶山が座ると葉子が寒いといって彼の後ろから抱きついた。
 梶山は化粧の匂いにむせ返りそうになった。その彼に大丈夫といって水を飲ませた洋子がキスした。
「震えてる」
「寒くて……」
「悪い女だよね……」
 えっと聞き返す梶山が振り向いた。その彼にまたキスした。
「おかしくなりそうだ」
「おかしくなって」
 敦子には冗談でおっぱいもんだりキスしてるが、年上の洋子には晩生な梶山だった。
「あたし、クリスマスすぎたら実家に帰るの。お正月終わっても、一月末にならないと帰って来ないわよ」
 それなら送って行くという梶山に、鈍感ねといいたくなるがまたキスした。


 冬休みになったが、梶山は相変わらずグラウンドを走り続けてる。洋子のことが絶えず頭にあり、それが煩悩となってるのを振り払いたいからだった。そんな梶山をハンドボールクラブの練習をしてる敦子が見てた。昼のサイレンが鳴ると、皆がボールや用具を片付け始めた。それで柔軟体操を終えると、皆グラウンドを去って行った。それで敦子が梶山に、帰ろうよと大声でいった。それなのに
先に帰れと手を振ってる。
<このごろ一緒になってもあまり話さないし、どうかしてる>
 そんな敦子が梶山に手を振りながら更衣室へ向かった。

 梶山が自分の部屋でレコードを聴いてると、もう少しボリュームを小さくしてくれと階下の母にいわれた。天井が響いてしょうがないらしい。
 近所の子供たちを集め宿題を教えてる、家庭教師のようなバイト代で買った山水のアンプが三十センチのバススピーカーを鳴らし、それが床においたブロックを通じて母の部屋へ振動してる。これまで何度もうるさいと文句をいわれてたが、もやもやした気分を晴らすのにジョン・コルトレーンやアート・ブレーキー、それにピンクフロイドなどを聞いてた。それでもそろそろ青木洋子が実家へ帰るのを送る時間が近づいてて、ステレオのスイッチを切った。
「友達のところ行ってくる」
「こんな晩いのに、相手が迷惑しないの?」
 平気だといってスニーカーをはき駅へ向かった。

 梶山が自由が丘に着いたのは十時を少しまわってた。洋子が日比谷線のホームのベンチでこっちよと手を振った。
「本当に来てくれたのね。寒いのに、有難う」
「しばらく会えないし……」
「お母さんが見合いしろっていってるの」
 洋子は来年短大を卒業するが就職活動をしてなかった。実家は昔ながらの洋食屋をしてて、それを手伝いながら見合い結婚でもしようと思ってるからだった。
「そう……」
 日比谷線が上の駅に着いても、洋子が乗る高崎行きが発射するまで一時間近くあった。それでも梶山が見送るというので、洋子は彼を聚楽へ連れて行った。
「ここのチキンバスケット好きなんだ」
 上野公園行く階段わきにある聚楽は和洋中なんでもメニューがそろってたが、洋子はチキンバスケットにサンドイッチという取り合わせをよく頼んでた。梶山もチキンバスケットがお気に入りだったし、それにジンフィズを頼んだ。それを飲んでると体が熱くなって毛糸の帽子をとった。
「あら。どうしたの?」
「え?」
 頭の毛が短くなってることをいわれた梶山が、一月半ばにラグビーの試合があるので正月も走りこむのでといった。
「そう……応援しに行きたいけど……あたしが行ったんじゃおかしいわよね」
 来てくれるのは嬉しいが、まわりからなにをいわれるかわからない。万が一顧問や担任に洋子の存在がわかれば親が呼ばれるだろう。それより、片山敦子を悲しませたくなかった。

 国鉄の信越線と上越線のホームへ行くとスキー板を担いだのが次々と列車に乗り込んで行くが発車まで十分ほどあるので、梶山はまだ開いてる売店へ行き女性週刊誌二冊を買って洋子に渡した。
「気が利くわね」
「なか行かないと座れなくなる」
「いいわよ。梶山君見送ってくれるんだから」
 発車ベルが鳴りだしたが、洋子は梶山の手をにぎったままデッキにいる。その彼女に来月帰ってきたら電話するからというと、ベルが鳴りやんだ。それでも洋子は梶山の手をはなさず、一緒に来てと引っ張った。梶山はゆっくり動き出すデッキに駈け上がった。洋子がデッキのドアを閉め梶山を抱きしめた。唇を合わされた梶山の口のなかでチキンバスケットの生姜とニンニクの味がひろがっていった。 洋子はそれでも梶山をきつく抱きしめてた。


 正月が明けるとグラウンドは霜柱が立ってた。そこを走ると滑りそうになるのはいいが、セービングをすると体中泥だらけになった。それでも梶山は、主将がいいというまでセービングを続けた。練習が終わると髪の毛に泥がこびりつき、シャワーで洗ってもなかなか汚れが落ちない。いぜんなら頭を洗いドライヤーで乾かした後バイタリスをつけてたが、スポーツ刈りにしてる今その手間がない。それでも風呂なしのシャワーだけで外に出ると、寒さのあまり体が震えた。
 背中をまるめ体をすくめて歩いてると、敦子の声がした。
「震えてる」
「風呂あればいいけどシャワーだけだし」
 公立高校にクラブのために風呂があるなど聞いたことがないが、私立高ならあるらしい。それで練習後銭湯によく行ってたが、それでも泥だらけのまま行くことなどできず、シャワーでかるく泥を落としてからだった。敦子にしてもたまに先輩部員に誘われて入浴して帰ることがあった。
「このままじゃ風邪ひくし、タクシーで帰ろう」
 がちがち歯を鳴らしてる梶山を見かねた敦子がそういった。彼女の提案に反対する気ないし、帰ってすぐ寝たかった。正月の四日じゃ医者も開いてないだろうし、風呂で暖まって寝るしかなかった。

 新学期が始まるまで梶山は風邪で寝込んでたが、それでもラグビーの練習をしてた。宮崎と安達にはさまれたフッカーの梶山は二人の強靭な体に支えられながらスクラムを進めて行く。
「梶山。体浮いてんじゃねーか。腰もっと落として、踏ん張れ」
 そういう檄に梶山は、右に左に揺れ動くスクラムに耐えながら前進しようとしてる。歯をくいしばってる彼の目に浮かんでるのは、青木洋子でも片山敦子でもない。去年六月亡くなった父親の顔だった。彼の父親は勤務先で社会人ラグビーに参加してた。それが事故で突然亡くなったが、生前からラグビーは一人じゃなくチーム全体の和が大事だとよくいってた。だからこそ入部したとき、どうしょうもない安達と宮崎と一緒に走り込みばかりしてた。その二人が自分を押しつぶしそうな重力で支えてくれてる。
「アンパン」
 饅頭が左でアンパンは右という暗号だった。それで脛の下のボールを右後ろへ蹴り出した。と同時にロックがはなれ、スクラムからラインに変わって行った。ナンバー8からフルバックまで綺麗にパスがいきわたってゴールまで近づいてた。
「その調子だ。もう一回。ラストだ」
 主将の声に皆がお~っと勝ち鬨を上げた。

 他校との試合はものの見事に負けた。それでも梶山はできるだけのことをして悔いがなかった。それが期末試験が終わり三年生を送り出す卒業試合のときは、涙があふれてしかたなかった。決していい先輩ばかりでなかったが、彼らが着古したユニフォームを脱いで空高く舞い上げると、胸が熱くなってた。その熱き思いも春休みになるとともに薄れて行った。

 梶山は忘れてはいなかったが、青木洋子へようやく電話する気になった。すると、懐かしい声で覚えててくれたのねといわれ、自由が丘で会った。
「電話なかったから、嫌われたのかなって……」
「試合あったし、そのあとは試験勉強とかで……」
「そうよね。この時期はなにかと忙しいもの」
 年末高崎へ帰るのに見送ってくれた梶山が列車に飛び乗ったものの、大宮で降りてしまった。それきり会うことも電話で話すこともないままだった。洋子にすれば今月いっぱいでアパートを出て行くし、純情な高校生との淡い恋もそれで終るものと思ってた。それなのに、男にしてくれという。
「あたしでいいの?」
「青木さんのこと、好きだから」
「有難う」
 カーテンを閉めた洋子が梶山を抱きしめた。


 敦子の頬が桜のように色づいてた。二年なったら組替えだけど、一緒だといいねと梶山に寄り添った。
「ずっと一緒だ。結婚するまで」
 バージンを卒業させてくれた梶山がそういってキスしてきた。
「タバコ臭い」
 洋子とのキスはチキンバスケットの味がした。
「キスがレモンの味なんていうのは、子供のいうことだ」
「大人ぶったって同い年じゃない」
 たしかに同い年だが、俺は男だと胸を張る梶山だった。
 ホテルのBGMがウエス・モンゴメリーのア・デイ・イン・ザ・ライフを流してた。
 生涯の一日。
 梶山はウエス・モンゴメリーのギターが奏でるオクターブ奏法に。俺にしたら生涯の二日目だとにやけた。

              
ア・デイ・イン・ザ・ライフ 了

昭和45年前後の高校時代。
私は自由が丘にあったジャズ喫茶ファイブスポットへよく出入りしてました。
そこには日野照正やレイ・チャールズがゲスト出演したり、ほかにも著名なプレーヤーがかなり来てました。
そこのハウスバンドに鈴木勲がいて、ゲストがいない日は彼のバンドが生演奏をしてました。
そのファイブスポットがジャズ喫茶からジャズクラブへ、そして中華料理屋へと変わっていくとき、フュージョンギターの第一人者として脚光を浴びてた渡辺香津美も来てました。
鈴木勲と渡辺香津美の二人が一緒にプレーするのを目の当たりににするとは思ってなかったのが、一昨日錦糸公園でライブをしてるのを見に行きました。
当時と様相の違う両氏に唖然となりましたが、高校時代足繁く通ってたファイブスポットのことが懐かしく蘇ってきました。
そんなことを小説として書いてみましたが、校閲する間もなく記事にしてます。
ま、皆さん似たような思いでがあり、ニヤッとしてる方もいるのでは~
敬称は略させていただきました。

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桜坂 

君はおぼえているかしら
あの白いブランコ
風に吹かれて二人でゆれた
あの白いブランコ


少年が脇に抱えてる洗面器の音が鳴りやみ、歌が桜の花が舞い散る中聞こえてる。

日暮はいつも淋しいと
小さな肩をふるわせた
君にくちづけしたときに
優しくゆれた
白い白いブランコ

 
最後のブランコのところで声が裏返ったし少ししゃがれた声はビリーバンバンと全く違うものの聞き惚れてると、次は聞いたことのない歌だった。

柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
誰を待つ心 可愛いガラス窓
かすむは春の青空か あの屋根は
かがやく聖路加か
はるかに朝の虹も出た
誰を待つ心 淡き夢の町 東京

 
   軽快なテンポは霧雨が降る中聞いてても心が躍りそうになる。

 紺のカーデガンの左袖には白いストライプが二本はいってたし、コットンパンツの裾口がダブルステムのアイビールックの少年がこんな古い歌を知ってるなんて…

 貴宏が寄り添ってくる影に振り向くと傘を差し掛けられた。
「お風呂上りなのに、濡れたら風邪ひくわよ」
 貴宏が小声でどうもというのがはにかんでて、細めた目が笑ってる。
「歌、上手ね。あたしのが年かなり上なのに知らないの歌ってたわね」
 貴宏は振り向いた時から、女性が美人なのに驚いてたし、どうして傘を差してくれるのか不思議だった。
 
 高校二年といっても大人びてるのか学校内の女子より、年上の女性に惹かれることが多かった。その一人が英語担当の野上響子で、アルバイト先の銀座でばったり会ったとき喫茶店に誘われた。彼女は大学院を卒業したばかりで若く、トランジスタグラマーのクッキーフェースが魅力的だった。薄暗い喫茶店で向かい合ってるだけで心臓がバクバクし、これが女なのかと意識せずにいられなかった。

 その野上響子より若いが、それでも自分より五歳ぐらい上のような女性の端正な顔立ちがまぶしい。その彼女が肩がくっつくぐらい間近にいるのを、すれ違う男がいい女だといわんばかりに一瞥して行く。
 
「あたし、お風呂屋さんの手前にある南雲造園さんに行ってたの。高校時代の同級生いるんで」
 それなら知ってるというと、綺麗でしょうという。確かに綺麗だったが、隣にいる女性のが好みだった。
「大学出て社会人なったけど、会社で叱られてばかり。そんなこと彼女に話したら元気出ちゃった」
 どんな人間が何のことで叱るのか知らないが、こんな女性泣かすなんて馬鹿な奴だ。
「あなたの歌聞いてたら、もっと元気なったみたい」
 駅が近くなるとどこそこまで帰るというが、電車の音で聞こえなかった。その女性が傘を持っ行くようにいう。
「すぐそこだから走る」
「いいの。安物のビニール傘だし。元気もらったお礼。あたし、西野春香。春の香りって書くの。あなたは?」
「吉田貴宏」
 霧雨が降る中女性が駆け出したが、すぐ振り返って手を振ってる。
「アイビー、似合ってるわよ」
 そういって駅へ駆けて行った女性の後ろ姿を、胸ポケットから取り出したハイライトを吸いながら見てた。
 その貴宏が吉沢春香かと、何度も心の中で呟いてた。


雨に濡れながら たたずむ人がいる
傘の花が咲く 土曜の昼下がり
約束した時間だけが 体をすり抜ける
道行く人は 誰一人も見向きもしない

 
 風であおられ骨が折れた傘を差してる吉田貴宏は、靴といわずスーツと鞄もずぶ濡れだった。誰一人も見向きもしないどころか、そんな彼を通行人が憐みの目で通り過ぎて行く。
 鎌倉湖近くの訪問先へ行くためバスを待ってたが、原野商法なんかやってられるかと駅へ歩きだした貴宏。
 何が洞爺湖近くの別荘地だ。北海道新幹線が通るだと!苫小牧東部工業団地ができるし地価が上がる?原始林が茂ってて水道も電気もない崖みたいな土地、だれが買うってんだ!もう辞めるんだ。いくら親戚の叔父だからって、あんな悪どい商売の片棒担ぐのはごめんだ。
 
 バイタリスチックで固めた髪が雨で崩れ、顔に張り付いてるのも気にするそぶりがなかった。高校三年になった春父親の仕事が立ち行かなくなり経済的に逼迫したため退学を余儀なくされた貴宏だが、担任ばかりか野上響子や国語の担任からも育英資金借りて大学まで行くようにとまでいわれてた。それでも母親のパートだけでは新築した住宅ローンが賄いきれず町工場で働きだした。それも親会社が新潟へ移転したために失業してしまった。そんなところにやる気になれば三十万以上稼げるからと叔父に誘われた。大学へ推薦入学できるほどの才能を持ってるのに家計を助けるため働いてるといえば、誠実な青年だって買ってくれる。現にそういう客が何人もいて、町工場の給料の五倍ももらい有頂天になってた。それで自分が売ってるところがどんなところか見に行くと道路というより獣道しかなく、人の住めるところでないことが分かった。そんな土地をだまして売りつけることに罪悪感があったし、高校時代の担任がまともな就職先を紹介してやるからといってくれてた。明日の日曜は先生のところへ行こう。もうこんな仕事やってられない。

 ズボンから金を出すと札がびしょ濡れになってた。券売機でなく窓口へ行くと並んでた女性が振り返り、あらという顔をしてる。
「色男も大雨じゃ、台無しね」
 ハンカチで顔を拭いてくれる女性に、もらった傘折れちゃったといった。
 名前しか知らない女。そんなの会えるわけないと思ってた西野春香と三年ぶりに会えたというのに、気の利いたことがいえないのがもどかしい。
「そんな安物のビニール傘、よく持ってたわね。うち寄って行きなさいよ。そんなんじゃ風邪ひいちゃうわ」
 うちへ寄れって?
 そういわれ、夢も希望も失ってたのが嘘のようにぱっと明るくなった。それでも今の惨めな自分では何を話していいのか…
「お風呂入ったほうがいい。お父さんのお古、何かあるから」
「有難いけど、このまま帰る。二度と会うことないと思ってたのに、三年も思い続けてきた甲斐あった。会えただけで嬉しくて、夢見てるみたいだ」
「純情ね…明日南雲さんところ行くの。桜坂でお花見。あなたも来ない?」
「あんなところで?」
「テニスコート空地なってるし、毎年あそこでしてるの」
 早く帰ってお風呂入りなさいという春香に、貴宏がじゃ明日といって改札口を通り抜けて行った。

 翌日花見を終えた春香と会った貴宏は桜橋にいた。日曜とはいえ住宅街は静かで、ときたま割烹大国から出てくる人影があるだけだった。
「うちの叔母さん、昔あそこで結婚式したんだ」
「そう…あたしも結婚しなきゃいけない年だけど、いい彼氏いなくて。吉田君みたいなの好きなんだけど…」
 そういって貴宏の頬にキスした春香が悪い女だし…また逢う日が来るといいわねといいながら赤い橋を渡って行った。

また逢う日まで 逢えるときまで
別れの その訳は話したくない
なぜか さみしいだけ
なぜか むなしいだけ
たがいに傷つき すべてをなくすから


そう歌いながら坂道を下りて行く西野春香。彼女が何をいいたかったのかわからない貴宏も歌いだした。

二人でドアを閉めて 二人で名前消して
そのとき 心は何かを話すだろう
と。

 昼前担任と会った貴宏は大舟に乗ったつもりでいろといわれほっとしてた。三交代の工場勤務だが一部上場で給料がいい。通信制の高校だけでなく大学にも行ける望みがあり、そうなれば役職に就くこともできるという。夢も希望もなかった前途が開けそうだし、悪い女だという西野春香と付き合うこともできそうだった。
 
 桜橋から見る桜並木は橋から少し下ったところで切れてるが、子供のころはその先が段葛になってて何本かの桜が植わってたことを思い出す。竹の湯への行き返りそんな桜並木で上を向いて歩こうをよく歌ってたことが蘇ってくる。

 そんな子供当時が懐かしいが感傷に更けてる場合でない。それでも何人かの女性と付き合い女というものを知ってたし、今追い駆ければ春香と一緒になれそうだった。それなのに追いかけないのは、いい思い出にしておきたいからだろう。それに、今は女よりきちんとした定職について家計を助けるのが先決だった。

 そんな貴宏の目に小さくなっていく春香の後ろ姿が映ってた。



その昔桜田通りから厚木街道を目指すには中原街道を南下し、現在の田園調布交差点の左側の道から桜坂へ、そして多摩川で丸子の渡しに乗り溝の口へ向かってたそうです。
昔の桜坂は雨が降るとぬかって行き来するのが困難だったそうで、それで切通しにしたそうです。
その切通しの上右側を少し行くとマンションになってますが、昔は大国という割烹でした。
結婚式場として地元民から利用されるだけでなく、宴の場としてかなりにぎわってたようです。
竹の湯が廃業する高校時代のころまで、そんな桜坂を通って行ってたものです。
地元民の花見どころとして親しまれてた桜坂がテレビ番組の「未来日記」の舞台として紹介され、そのテーマソングとして福山雅治が歌った桜坂という曲が大ヒットし、一躍脚光を浴びたのはもう十年前だろうか?
それまで地元民以外訪れる者はほとんどいなかったのに、花見時になると多摩堤通りは巨人軍のグランド辺りから鵜木方面まで大渋滞し、旧六郷用水の桜並木も行き来するのが大変という事態になりましたが、それも今ではずいぶん緩和されてきました。
六十年来その桜坂のそばで暮らしてる私にしたらここのどこがいいのと思ってしまいますが、それでも結構見に来る人いますからね~~~

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テーマ: 季節の花たち | ジャンル: 写真 |  trackback: -- | comment: 4 | edit

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