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冬紅葉

15年ほど前の正月寸又峡へ行った帰り伊豆半島を一周しましたが、あちこちで紅葉を見ました。
伊豆は東京より暖かいからなのかと漠然と思ってましたが、まさか都内でこんな綺麗に紅葉してるのを正月に見るとは思いもしませんでした。
まさに冬紅葉ですね~~~



昨日のC級1組の順位戦で藤井聡太七段が勝ち、デビュー以来順位戦では18連勝。
師匠の杉本昌隆七段も勝利し、ともにB級2組へ昇級する可能性が高くなってきました。

正月なのに紅葉

正月なのに紅葉がまだ見られるとは・・・



テレビを地デジ化にしてないので、見るとすればスマホのワンセグでです。
といってもさほど見たい番組がある訳でなく、ニュースと下町ロケットなど社会はドラマぐらい。
あと強いてあげるならテレビ神奈川で再放送してる太田和彦の「ふらり旅 いい酒いい肴」ですが、登場する店はかなり高級なところが多くこちらが行くには敷居が高い。
かといって吉田類の「酒場放浪記」に登場する居酒屋は常連客が幅を利かせ一見では入りづらい。
ま、鶯谷の信濃路にしても初めて行った40年ほど前は労務者やギャンブル好きとか、吉原へ行く前かその帰りといった男たちばかりの客層だったのが、今ではまったく変わり女性がかなりいるようです。
安くてメニュー豊富で居酒屋を兼ねた定食屋の信濃路は24時間年中無休なので万人受けしてるんでしょうが、わざわざ一時間もかけて行きたいとは思わない。

それはともかくほとんど自宅で晩酌してると、無性に外で飲みたくなることがあります。
そんなときのために上記した番組を見てます。
たまにはバラエティー番組なども見ますが、それより動画サイトで猫や懐メロとか昔のドラマとか、その時の気分で替えてますが、最後は将棋になってしまう。
へぼ将棋王より飛車を可愛がりの手合いなので、対局の解説を聞いてるとなるほどと勉強になることが多いし、とくに藤井聡太の対局は妙技というのかプロ棋士でも信じられない指し方をするのに唖然とさせられる。
それにインタビューでは朴訥というか真摯な姿がいいし、そんな彼を見てると厭な世相を束の間でも忘れさせてくれ眠りにつかせてくれるからです。

今日藤井七段は富岡八段とC級1組の順位戦に臨んでますが、勝ったのかどうか~~~

色づくカエデ

都内の紅葉は例年に比べかなり遅れてるようですが、カエデが色づき始めてます。
今日は氷雨で暖冬とはいえかなり寒いし、来週初めは最高気温が10度以下になるし、養老渓谷や鎌倉の紅葉がいっきに見頃になるかも知れません。
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落ち葉の季節

紅葉した葉が落ち葉に。
暖冬とはいえ自然の摂理だし、野菜が豊作で安いのはいいけど魚貝類とガソリンや灯油が高い。
年末に向け蟹など生鮮食品が高くなるのは例年通りですが、タコキンメダイより高い。
秋刀魚や鰯にしても昔のように安くはないし、魚を食べたくてもおいそれと食べられない。
そんなことで回転寿司や缶詰で我慢しますか・・・
それにしても今日の暖かさは小春日和どころか初夏のようだったし、いったい何なんだろうか・・・

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奥多摩からバスに揺られお祭りの民宿へ。
翌日鴨沢の雲取山登山口になってる駐車場まで車で送って欲しいが、いくらで行ってくれるか聞くと女将が三千円だという。
四キロほどなのにずいぶんふっかけるなと思ってると、翌日二千円でいいとのことになった。
人のよさそうな旦那が聞いてて、いくらなんでも高すぎだろうと女将にいったのかも知れない。

それはともかく秋晴れのなか終わりかけの紅葉を愛でながら七ツ石山を経由し、ブナ坂石尾根を快調に飛ばし雲取山避難小屋に到着したのは二時前だったろうか・・・
七ツ石山付近からつかず離れずだった単独行者の二人きりだったのが、夕方近くになると小屋は十人以上になってた。
勤労感謝の日ということでけっこうにぎやかな山小屋になった。

缶ビールと酎ハイ三本か四本飲み、アルファ米の親子丼を食べたら即寝落ち。
昨夕ガスが出てたので天気が心配だったが快晴の朝三峰側に下りて行く。
昨日一緒だった男性は茅ヶ崎在住とかで、天目山と酉谷山を経て奥多摩へ下るというのと別れ、上り下りを繰り返しながら三峰神社へ。
その下山路で一緒になった夫婦が三峰神社から車で秩父駅まで送ってくれたのに感謝し、とっぷりと暮れた街中のラーメン屋へ入ると雲取から下りて来たのかと聞く。
食料がへったぶん軽くなったとはいえ、それでも二十キロはゆうにあるカリマーのザックを見てのことだろう。
ビールを頼むと主がお疲れさんといいながら注いでくれた。
山で飲むビールはぬるくなってるし、下山して冷えたビールを飲むのは最高だ。

そして帰路に就くも自宅に直行せず幼馴染がやってる蕎麦屋へ。
それでザックを背負わせると立ってられないとふらつき、こんな重いのを背負いながら山へ行く気が知れないという。
酒やスポーツドリンクに水など減ってるが、出発前計量したら三十キロちかくあったというとびっくりしてる。
そんな彼を奥秩父の三国峠へ車で連れて行くと、雲海を初めて見たし綺麗な紅葉に感動してた。

およそ二十年前の晩秋、そんな雲取山を登ったのが二千メートル級最後の山になった。
そして数か月後、お祭りの民宿の女将が夫を丹波山川に突き落としたというニュースに驚かされた。
がめついだけでなく気が強かっただろう女将が夫を殺さなければならなかった理由はともかく、気のやさしそうな主が哀れに思えてならなかった。

二十年前のこんなことを覚えてるというか思い出したのは先週から田辺重治の「日本アルプスと秩父巡礼」を読んでるからです。
雲取山はもちろん甲武信岳とか雁坂峠など私が登った山々だけでなく、黒平とか信濃川上といった地名が何度となく登場するのに懐かしくなってました。
信濃川上は梓山地区の白木屋旅館が今の建物になる前は山小屋然とした趣だったし、黒平は増冨鉱泉奥の通仙峡や信州峠へドライブするのに何度も通ってたところだからです。

それに昨夜は秩父夜祭の大祭が行われ、雲取山下山後に入ったラーメン屋の主が町内の男衆たちと夜祭の打ち合わせをしてたことを思い出す。
だんじりやねぷたにしても祭りが生き甲斐だというのが多く、そのために生きてるというのもいる。
そういう人たちとは別に山で知り合った人たちはどんな生き方をしてるのだろうか、そんなことをふと思ってしまう。
山登りできなくなった今、彼らは今もなお山へ行ってるのかと・・・